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6.知らない天井

 ふと意識が浮上して目を閉じていても瞼の裏が明るいことに気付いた。


 朝だろうか。

 そろそろ起きなければ。


 なんだか重い身体を無理矢理起こす。


(あれ、こんなことが前もあったような……)


 ベッドの上で上体を起こすと上から何かが落ちた。


「……布?」


 布は少し濡れているようで冷たい。

 額に違和感があるので、そこに置かれていたのかもしれない。

 ぼうっと布を手で触っていると、誰かが部屋に入ってきた。


「主様! お目覚めになられたのですね!」


 嬉しそうな声が聞こえたのでそちらを向くと、とても綺麗な顔があった。


「アーツェ……」


 そう、アーツェだ。

 何だか上手く頭が回らないけれど彼のことは分かる。

 そのアーツェが駆け寄ってきて私の額を触った。


「まだ少しお熱がありますね。すぐに人を呼んで参ります。…………主様?」


 私の額を少し触った後、離れようとするアーツェの服の裾を掴んでしまっていたらしい。はっと我に返って手を離す。


 どうしてこんな事をしたのか分からない。

 完全に無意識の行動だった。


「ご、ごめん……なさい」


「いえ、問題ありません。もし離れ難いようでしたら抱えて参りますが」


「……大丈夫よ。人を呼んできて頂戴」


 言いながら恥ずかしくて仕方がなかった。

 行って欲しくないなんて、初めての感情だ。


(ドールに、一体何を求めているのかしら。いくら人のように見えてもドールはドールなのに)


 私は縋り付きたくなる思いを振り払う為、頭を左右に振った。


「お嬢ちゃん、目覚めたんだって?」


 何とか顔の赤みが消えたところでノックもなく扉が開く。そこから入ってきたのは目の小さな男性だった。

 想像したこともないくらい無作法だったけれど、今はその無礼さすら気持ちの切り替えに役立った。


「世話になってるわ。貴方がこの家の家主かしら」


「ああ、正確には占術ばあさんの家だがな」


「そう、その方も含めて礼を言うわ」


 城壁外に家があるなんて予想外だ。でも、城壁外に追放されたり捨てられたりした人数を考えれば都市があっても不思議じゃない。

 それ程までに城壁外に追い出される人は多かった。


「ばあさんも少ししたら来るから待っててくれ。俺は少しお嬢ちゃんに聞きたいことがあってな」


「聞きたいこと? 良いわ。私も色々知りたいもの」


 彼だけではなく私も聞きたいことがあるので渡りに船だ。


「……お嬢ちゃんの聞きたいことに俺が答えるかは分かんねぇが、いくつか教えろ。お嬢ちゃんは城壁内のお貴族様だろ? なんで追放されたんだ? 醜い心の証まで付けられて」


 ぼりぼりと頭をかく男性の目は真剣だった。


「良く分かったわね。確かに私は元貴族よ。醜い心の刺青をいれられたのは元婚約者の浮気相手に嫌がらせをしたから」


「へぇ、婚約者の浮気相手に嫌がらせねぇ? 城壁内じゃあそれだけで追放になっちまうのか。たいしたことじゃないだろうに。よっぽど凄い嫌がらせでもしたのか?」


「どうかしら。嫌がらせはされた側の意見が全てだから分からないわ。多少嫌味を言ってドレスを破いたくらいだと思うけれど。ああ、私が主催するお茶会に呼ばなかったこともあったかしらね」


 本当にくだらない。

 あの時の私にとっては大変なことだったけれど、どうせ追放されるのならもっとやっても良かっただろう。

 元婚約者に振り向いてもらうにしても幼稚すぎる。


(冷静になると恥ずかしい思い出ね。なんであんなことをしたのかすら分からないわ)


 今、元婚約者の浮気相手に会ったとしてもせいぜい嫌味を言う程度だろう。

 それくらい元婚約者のことなんてどうでも良くなっていた。


(これもアーツェのおかげかしら)


 今では元婚約者ではなくアーツェが取られることの方が嫌だ。

 そんなことになろうものなら力の限り抵抗するだろう。もう私に捨てて困るものなんてないのだから。


「本当にたいしたことがねぇな。せめて浮気相手と婚約者の顔面をひっぱたくくらいしてやれよ」


 男性はにやっと笑いながら空中で平手打ちを披露する。

 手馴れているので、浮気されたら平手打ちにするのが城壁外のやり方なのかもしれない。中々に直情的で刺激のあるやり方だ。


「まぁ、お嬢ちゃんの話が本当なら罪を問うほどのことじゃねぇな。とりあえず信じておくよ。俺はハンスだ。その足じゃ何もできねぇと思うが、暴れたり盗んだりしないでくれよ」


「ええ、分かったわ。私はマリアンヌ。もうひとりお世話になっているのは契約したドールのアーツダルクよ。ついでに元婚約者は()婚約者だから間違えないで欲しいわ」


 足が封じられていても魔法を使えば家を壊したり盗んだりできる。そんなことをする気はないけれど、元婚約者を婚約者と間違われ続けたらついうっかり家具を壊してしまいそうだ。

 ハンスは私が魔法を使えると気づいていないようだから余計に怖い。


 そう思ったのだけれど、ハンスは肩を軽くすくめただけだった。


「お嬢ちゃんのドールといえば、何故か俺を様付けにしてくるんだ。あれはやめさせてくれねぇか? 背中が痒くて仕方がねぇ」


「おかしくはないと思うけれど、ドールが様付をやめることなんて出来るのかしら? 背中がかゆいというのならその都度アーツェにかかせることも出来るけれど」


 話の途中で部屋に入ってきていたアーツェに視線を送る。


「様付は解除できないようになっております。主様のご命令とあらば喜んでお背中をおかきしましょう」


 なんでもないように答えるアーツェの平坦な声につい笑いが溢れた。

 アーツェとハンスがどんなやり取りをして私をここに運んだのか分からないけれど、なんだかこの2人の相性は悪そうだ。


「てめぇ、部屋の中に居たんなら声くらいかけろや」


「申し訳ありません。ご歓談の邪魔をしては悪いと思いまして」


「……ご歓談、な」


 本当に相性が悪いのかハンスが痒そうな顔でこちらを向く。


「こいつは敬語もやめさせられねぇのか?」


「どうかしら。気にしたことがなかったわ」


 アーツェの敬語に違和感を感じたことはない。なので聞いたことすらなかった。

 普通のドールなら敬語すらもっと無機質なものだけれど……。


 ちらりとアーツェを見ると、アーツェが首を横に振った。


「敬語しか話せないように造られております。多少崩すことはできますが、それが限界です」


「とのことよ」


 何故か直に話そうとしないハンスに視線を向けなおすと、ハンスはとても重いため息をついていた。


「分かった。諦める。ばあさんを呼んでくるからちぃと待ってろ」


 もはや一緒に居るのも嫌なのかハンスがそそくさと部屋から出て行く。

 何か敬語以外に嫌われるようなことをしたのかとアーツェに聞いたけれど、アーツェに心当たりはなさそうだ。


(なんだか、不思議な関係ね。アーツェに心当たりがないだけで何かしていたのかしら)


 気になってこの家に来るまでの経緯も聞いたけれど、おかしな点はない。どうやらハンスが敬語に苦手意識を持っているだけのようだ。


 少し先行きが不安になりながらも、私は借りている布団に横になった。

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