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3.目的地は

 手を握りあった後、私たちは草原を歩いていた。


 あのままゴミ捨て場に居ても城壁内の人と出くわしたら何をされるか分からない。

 追放者に人権など存在しないのだ。


 慣れているとは言え好き好んで罵られたい訳でもないため、城壁から離れる方向へ2人で歩いてみることにした。


「ドレスなんかで謁見するのではなかったわ。少し進むのも一苦労じゃない」


 裾が広がり、繊細なレースのついたドレスは貴族として当たり前のものだったけれど、舗装されていない場所を歩くのには適していない。細いヒールのついた靴に至っては小さな石にさえぐらついてしまう。


「申し訳ありません。材料さえあれば簡易な服程度作れるのですが……」


「服まで作れるの? 本当に規格外ね」


 確かに一般的なドールも教え込ませれば簡単な縫い物くらいはできる。

 でも、せいぜいがハンカチを作るくらいだ。それも大きさが変わるだけで縫えなくなる。


 アーツェはきっと器用に服を作るのだろう。


「お褒めに預かり光栄です。機会がありましたら是非ご覧に入れましょう」


「そうね。そもそも人が居る場所なんてあるのかすら分からないけれど」


 満足に歩けない苛立ちが少し柔らいだところで前へ進む。既に足はじくじくと痛んでいたけれど、歩かなければ何もできない。


(今までは普通だと思っていたのに何て歩きにくい靴なのかしら)


 綺麗で繊細な模様が施されている靴は実用性に乏しい。

 嫌になるくらい貴族向けの靴だった。


「主様、やはり私がお抱えします」


 アーツェは既に腕を貸してくれているけれど、上手く歩けない私を心配してか腕が腰に回った。

 婚約者でも余り見ない距離感に思わず頬が赤く染まる。


「だ、大丈夫よ! ひっ、人の手を借りなくても歩けるわ!」


「そう申されましても……」


 心配そうな視線が足元に向き、限界が知られているのだと悟った。


(至宝の人形って本当に規格外なのね。どこまで考えることができるのかしら)


 若干負け惜しみに近い思いを抱えながら唇を噛む。


 人でさえ此処まで配慮してくれることはなかった。

 一人で完璧にこなせるのが当たり前で、出来なければ叱られる。

 心配なんてしてくれた人がかつて居ただろうか。


 私は何も言えなくなってしまって俯いた。


「失礼致します」


「きゃぁぁぁ!!?」


 突然高くなった視界に悲鳴が溢れる。

 どうやらアーツェが私のことを縦に抱え上げたようだ。


「なっ、何? どうして?」


 抱え上げるというアーツェの提案に対して私は否と答えたはずだ。

 なのにアーツェは平然と私を持ち上げている。


「私は人ではありませんので手を貸しても問題ないかと。それに、先ほどの提案は横抱きにするつもりで申し上げましたので縦なら問題ないと判断致しました」


「どんな判断よ! 全く、何を考えているのか分からないわ。そもそもどうやってそこまで判断しているの?」


「どうやって判断……。私は人ではありませんので、過去の経験を基に学習を繰り返しているだけです。もし、お嫌でしたら命令と付けて下されば必ずそのように遂行致します」


「そう。貴方が本当にドールなのか疑わしくて仕方ないわ」


 でも、そのドールらしくないところが堪らなく心に響く。乾燥してからからに干からびた砂漠のような心にアーツェの優しさは毒だ。


(そこまで含めて至宝の人形(ドール)なのかしらね)


 私を縦抱きにしたままアーツェはどんどん進んでいく。

 私が無理をして歩いていた時よりも速い速度で。


「主様はどこか向かいたい場所がございますか?」


「そうね。とりあえず城壁から離れられればと思ったけれど……」


「今はそれで良いかもしれませんが、目的地があった方が楽しめるのではないかと」


「楽しむ……。この状況を楽しむ?」


 一寸先のことすら分からない状況なのに楽しむとは。

 やはりドールの思考なんて分からない。


 そう思ったけれど、ふと考え直してみればそれも悪くないのではないかと感じた。


(そうね、楽しむべきだわ。だってやっとあの窮屈な世界から解放されたのだもの。私の好きにして良いはずよ)


 私はひとつ頷いた。


「アーツェはどこか行きたいところがあるかしら」


「私の、行きたいところ……」


 聞かれたことがないとばかりに動きを止め、真剣に考え始める。

 恐らく過去の様々な記憶から最適解を探しているのだろう。


「貴方が行きたいと思う場所で良いの。私が喜ぶ場所ではなくて」


 アーツェはきっと主人の行きたい場所を答える。

 そう分かっていたからこそ先にその選択肢を潰しておきたかった。


「私の行きたい場所……」


 再び言葉を繰り返し、アーツェは私を地面に下ろした。


「申し訳ありません。私ではお答えできません」


「そう、残念ね」


「申し訳……「アーツェのせいじゃないわ。私が高望みをしすぎただけ。貴方はそのままで良いの」」


 受け答えが出来るだけでも普通のドールとは言い難い。

 まして自分のやりたいことを述べるなんて、もう人と変わらない。


(とても人と似ていると思ったけれど、やはりアーツェはドールなのね)


 どこか信じられない思いを抱いていた自分に苦笑する。

 アーツェがドールだと分かっていたはずなのに期待していた。

 人と同じものを求めていた。


(これでは私もあの人たちと変わらないわ。勝手に期待して、勝手に失望しているのだもの。本当に身勝手ね……)


 私より頭ひとつ分背の高いアーツェの頬をゆっくりと撫でる。


「海が見てみたいわ。小さい頃に一度だけ見たことがあるけれど、とても綺麗だったの」


「海ですか……」


「そう。アーツェの瞳みたいな綺麗な海。貴方にはどう見えるのかしらね」


「うみ……、海」


 繰り返し呟くアーツェはもしかしたら海を見たことがないのかもしれない。

 想像もつかないのか難しい顔で首をかしげている。


「私の記憶が正しければ南に下っていけば海に着くはずよ。馬車でも一ヶ月くらいかかったから、歩きだとどれくらいかかるか分からないけれど」


「そうなのですね。城壁内に入れない分、大変な旅になるかもしれません。とりあえず飲めそうな水源を探しましょう」


 アーツェは再び私を抱え上げて歩き始める。

 目的地を決めろと言った割に堅実で面白い。

 どうなるか全く分からなかったけれど、意外と何とかなるのかもしれない。


 晴れやかな気持ちでひとつ頷いた。

 飲み水くらいなら魔法で出せるけれど探すのもまた一興だろう。

 今まで全てを管理された生活だったので何だかわくわくする。


 楽観視できるような状況にないのに何故かこれからが楽しみだ。

 私は近くにあったアーツェの髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。

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