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2.出会い

 綺麗な微笑みを呆然と見つめていると、人形(ドール)が微笑んだまま歌うように話しかけてきた。


「私はリリア・メイストフィーが作り上げし至宝のドール。話すなど造作もないことです」


「……リリア・メイストフィー?」


 透き通るような声に流されかけたけれど、聞いた事のない名だ。


 母がドール狂いと言われるほど綺麗な男性型のドールを集めていたから、近隣諸国の高名な人形創造師の名前は全て知っている。知っているだけでなく、彼ら彼女らの造ったドールは屋敷に数多くコレクションされていた。


 なのに私はその人形創造師を知らない。

 これほどのドールを造るのであれば名前くらいは知っていないとおかしいはずなのに。聞いたこともないなんて有り得るのだろうか。


(いえ……、私が知らないだけで有名な人形創造師なのかもしれないわ。そうなると遥か遠い国から渡ってきたドールの可能性が高いけれど……)


 遥か遠い国から渡ってきたというには顔立ちや肌の色がここら辺のドールのものだ。髪も綺麗な金色で瞳の青に至っては貴族でも中々お目にかかれない海のように深い色をしている。


 これが依頼主からの要望ならば近隣諸国の王侯貴族が所有していた可能性が高い。

 分からないことだらけで、本当に不思議なドールだ。


「リリア・メイストフィーをご存知でない? かつてないほど人に似たドールを造ると謳われた天才人形創造師ですが」


「ごめんなさい。存じ上げないわ。でも、貴方を造ったのなら確かに凄腕の人形創造師なのでしょうね」


 何しろ勝手に話すし動き出すのだ。

 命令をしてようやく動き出す他のドールとは違いすぎる。

 今まで見てきた凄腕の人形創造師の造ったドールと比べても比較にならない。


 左頬に製作者のロゴが彫られていなければまるで人のようだ。

 踏んづけた時に感じた肌の違和感もなくなっている。


「そうですね。彼女は素晴らしく、そして繊細な方でした」


 どこか悲しそうにそう呟くと、ドールが再び私を見た。


「今は主様が私の主人です。私の名を決め、契約をお願い致します」


「本当に私でいいの? 私は何も持っていないわ」


 必要として欲しいと願ったのは確かだ。でも、追放された私ではこのドールに相応しい生活を提供できない。

 私自身もいつまで生きられるか分からないのだ。


(私はこのドールに相応しくない)


 このドールならきっと王族でも取り合いが起きるだろう。

 それなら王族と契約したほうがこのドールの為だ。


 そう考えながらも、本当はこのドールの存在が知られて取り上げられることに怯えているのだと自覚していた。


 契約をした後で誰かに奪われるのは嫌だ。

 このドールはかつてない程に私を見て、話しかけてくれている。

 とても貴重な存在で既に情が湧き始めている。

 もっと仲良くなった後で取り上げられては何をするか分からない。


 それ程までに優しさや愛情に飢えていた。

 例え与えてくれるのが意思を持たないはずの人形(ドール)だとしても。


「何かを持っていなければ契約できないのですか? 私に動力源となる魔力を注いで下さったのは主様だと認識しておりますが」


「……そうね。私が貴方に魔力を渡したわ」


 でも、ただそれだけだ。

 動力源となる魔力なんて誰でも渡すことが出来る。

 私である必要はない。


「私が主様と契約したいと言っても契約して頂けないのでしょうか?」


「…………絶対後悔するわ。私は城壁落ちよ」


 自らの右頬を指先でなぞる。

 自分では見ていないが、そこに醜い心の証が存在するはずだ。


 ドールもつられるように右頬の刺青を見て、首をかしげた。


「城壁落ち……ですか。城壁があれだとするならば私も城壁落ちですね。そもそも此処はゴミ捨て場のようですし、私はゴミとして捨てられていたのでは?」


「え、ええ、そうかもしれないけれど……」


 あっさりと捨てられていたというドールを前にしても答えにくい。

 普通のドールなら気にしないどころかこんな質問をしてこないだろうが、このドールはまるで人のように考えて話している。ドールが感情を持たないと理解していても人のように感じてしまう。


「なら問題ありませんね。城壁内から追い出された主様よりも下の存在という訳です。なぜこうなったのかは知りませんが、私もまた主様にお仕えしたいと思っております」


「私なんかで良いの?」


「私は主様が良いのです」


 澄んだ瞳で見つめられて、それ以上何も言えなくなった。このドールがここまで言ってくれたのだ。


(人は信じられなくなってしまったけれど、もしかしたらドールならまだ……)


 私は一度思い切り目を閉じてから深呼吸をした。


「貴方はアーツダルク。おとぎ話に存在する水の大精霊様と同じ名前よ」


 そう告げた瞬間、アーツダルクの両手の甲に埋まった魔石が光りだす。

 光が収まったころには青い魔石がの中に名前が刻まれていた。


「アーツダルク。承知致しました。その名に恥じぬよう励みます」


「ええ、是非とも期待しているわアーツェ。私はマリアンヌ・デェロペア…………、いいえ、ただの……ただのマリアンヌよ。よろしくね」


 そう宣言した瞬間ふっと何かが軽くなった気がした。


(これが、決別というものなのかしら。何だか重責から解放されたように感じるわ)


 人には背負えるものと背負えないものがある。

 限界を超えて無理をしてもいずれほころびが生じるだけだ。


(私にとってあの家は合わなかった。もしかしたら、それだけだったのかもしれないわね)


 クスリと笑うとアーツェも嬉しそうに微笑んだ。


「宜しくお願致します、主様」


 アーツェが手を差し出してきたのでその手をそっと握る。

 契約主としてドールと接するのは初めてだったけれど、アーツェとは上手くやれそうなそんな気がした。

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