1.渇望
「判決を言い渡す。ロントリコーヌ侯爵家が長女マリアンヌ、其方は元婚約者の公爵令息トレンスと仲の良い伯爵令嬢に嫉妬し、嫌がらせを繰り返したことから醜い心と認定する。右頬に醜悪なる刺青を施し、城壁落ちを言い渡す」
「…………承知致しました」
こうなることは分かっていた。
婚約者を取られない為に私が行った嫌がらせは憎しみ、恨み、嫉妬などの醜い感情を持つことが許さない世界において受け入れられないことだと。
顔が醜いだけで生まれて直ぐに殺されることがあるのだ。
綺麗なものだけが城壁に守られて生活できる中で私は許されざることをした。
(でも、私はどうすれば良かったの?)
両親から顧みられず、15歳も年上の婚約者を与えられ、少しでも婚約者にふさわしくなろうと頑張った。なのに婚約者は私を見ない。年の差なんて分かって婚約したはずなのに子どもは対象外だと突き放された。
嫉妬は醜い。
分かっているけれど、浮気は醜くないの?
子を愛さない親は、綺麗なの?
私をただ……可愛そうだと笑う人たちは素敵な心の持ち主なの?
聞きたいことはいっぱいあったけれど、何も言えないまま私の頬には醜いことを示す刺青が施された。
(この刺青を入れるのはとても痛いと聞いていたけど、何も感じないわ。ただ、何となく寒いだけ)
誰かに裏切られたわけでもない。
完全に自業自得。
どんな理由でも嫌がらせはいけないことだ。
分かっている。分かっていてやった。
でもこの刺青がある限り、私はもう城壁内に入れない。
城壁の外に出る間際、私は城壁内を振り返った。
(ずっと愛されたかった。誰かに私を受け入れて欲しかった)
いつも居た貴族街は遠くてほとんど見ることができない。住み慣れた侯爵家も婚約者の居た公爵家もまた然り。
全く見慣れない景色から目をそらし、兵に促されるまま歩いていくと、城壁外のゴミ捨て場に置いて行かれた。
此処は城壁内で出た燃えないゴミが廃棄される場所だ。醜い認定された私もまた、ゴミということだろう。
いっそ死んでやろうかと思いながら数歩歩くと、何かを踏みつけた。
(柔らかい。人肌のような?)
不思議な感覚に下を見ると、人の腕のようなものが落ちていた。
「きゃぁぁー!!」
慌てて足をどかして踏んだ箇所を確認する。撫でてみると人とは少し違うようだ。
「ごめんなさい! 大丈夫かしら?」
思い切り踏んづけたので大丈夫ではないだろう。
でも、これは何?
上に乗っかていたゴミを払うと出てきたのは精巧に作られた人形だった。
とても綺麗な顔立ちをしていてどこにも欠陥なんてみられない。
(どうして捨てられているのかしら)
ドールといえば家事や子育てを手伝ってくれたり、仕事の補佐をするものだ。中には動物の形をしている愛玩用のものもあると聞く。
実際、侯爵家にも沢山のドールが働いていた。
魔力で動く彼ら、彼女らは人より簡単な仕事しかできないけれど、とても美しく良く働く。凄腕の人形創造師が作り出すドールは人と見分けがつかないくらいだ。
「……貴方も、捨てられたのね」
どういう経緯でこのドールがここに捨てられたのかは分からない。でも……。
(まるで私みたいね)
城壁内の人から不要と判断されてゴミ捨て場に居る。見た目に問題がないということは中身になにか問題があったのだろう。
もしかしたら正常に動かないのかもしれない。突然暴走し始めるのかもしれない。命令に従わないなんていうことも有り得るだろう。
「そんなところまで私みたい。ねぇ、貴方……良かったら私と一緒に居てくれないかしら。みんなが不要と判断した私だけれど、貴方の動力となる魔力を供給することくらいはできるわ」
本来魔力供給だけで良いドールに語りかけながら両手の甲にある綺麗な青い魔石に魔力を流す。
「魔石まで綺麗なのね……」
こんなところに捨てられている理由が分からないほど細部まで精巧に作られている。髪もさらさらで、ランクの低いドールにありがちな球体関節も露出していない。顔も整っていてとても美しいし、左頬に入れられているドールの証さえ調和している。
なのに魔石に魔力が溜まらない。動力源を受け取れないドールは当然動かない。
「本当に……私みたい」
昔から顔だけは整っていると言われてきた。多分、両親にとっても自慢だったのだろう。
あちらこちらに連れ回される時だけは優しかった。
だから、もっと褒めて欲しくて、もっと私を見て欲しくて笑顔を振りまいた。
でも、家に帰ると常に両親は罵倒してきた。
どれだけ愛想良くしても、良い子の振りをしても私は2人が望むように振る舞えていなかったらしい。互いに愛人がいることなんて知れ渡っているのに何故か外では仲の良い振りをする。良い家族であるように見せかける。
(私は……何がいけなかったのかしら。何が、できていなかったのかしら)
未だに彼らの求めていたことが分からない。
歳を重ねれば分かるようになるのかしら。
どうするのが正解だったのかしら。
婚約者が恋人を作っても笑って受け入れなければならなかったの?
何をされても微笑んでいれば良かったの?
それなら……私は何のために生まれてきたのかしら。
体のいい八つ当たり相手?
鬱憤を晴らすための道具?
家格だけが取り柄の空気?
誰も私を見ない。私を必要としない。
「ねぇ、私はどうすれば良かったの……?」
頬を伝ってこぼれ落ちた涙がドールの魔石を濡らす。
ずっと誰かに助けて欲しかった。
婚約者ならきっと私のことを見てくれると思っていた。
学校に入学すればお友達ができると信じていた。
全て、全て裏切られた。
「私が……私が全部悪かったの?」
動かないドールの両手を額に当てて泣きじゃくる。
ただ、私を見て欲しかった。
私を受け入れて欲しかった。
ありのままの私を…………愛して欲しかった。
誰にも届かなかった想いを壊れて動かないドールにぶつける。
こんなに泣いたのなんて赤子の時くらいだろう。
泣いて、泣いて泣くことにも疲れた頃、頭を撫でる温もりを感じた。
「…………えっ?」
顔を上げると、壊れて動かないものだと思っていたドールが頭を撫でていた。
握り締めていると思っていたドールの手は両方とも既に手の中になく、片手は私の頭に、もう片方の手は私の背中を緩やかに撫でている。
「初めまして。我が主。ご命令を」
澄んだ湖畔のような声が耳元で擽る。
「どっ、どうして?」
ドールは命令をしない限り動かないはずだ。
なのにこのドールは独りでに動いている。
驚きすぎて動けない私とは対照的にドールは悠然と綺麗に微笑んだ。
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