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異類の絆、人霊の情  作者: 塩焼 湖畔 
一章 夢と現
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第一話 桜の頃


 桜並木は陽光に照らされ、世界は春に満ちていた。目的地は大通りから随分と離れ。どこか薄暗く小汚い雑居ビルの階段を登ること三度、目的地の事務所がある。

 

 その前にはその場に似つかわしくない可愛い顔をした少年が、間違って置き配達されてきた荷物のように呆然と佇んでいた。少しクセのある茶色の髪は小型犬のような愛らしさがある。

 

 「本当にここなのかな、できれば別の場所であって欲しいんだけど……」

 彼はメモをポケットから取り出し、祈る気持ちで確認したがどうやら結果はかわらないようだ。


 意を決して彼が扉を開けるよりも先に、扉の方が彼から遠ざかる。

 「よく来たね少年、所長の黒州だ。お茶ぐらいは出すから事務所の中に入るといい」

 耳の奥に滑り込むような声の主は、美しい長髪の黒髪に切れ長の目、長身でスラッと伸びた脚、全身黒め若干怪しいコーディネートだがそれを差し引いても美しい女性だった。


 「えっあの、いや、少年と言われるような、年齢でもないです」

 美しい女性を前に、彼の顔が少し紅潮し声が上ずる。


 「葵の弟と聞いていたし、その見た目だてっきり少年かと思っていたよ。 立ち話も味気ないし早く入り給え赤也くん」 


「名前、知ってるんじゃないですか」


 黒州を追いかけて赤也が事務所に入って行く、通路には香水の残り香が漂っていた。

 

 雑居ビルの外観から想像していたより事務所の中は綺麗に片付いている、一部の場所、資料や私物が渦高く積まれた、事務机だろう物を除いたらだが。

 案内された来客用のソファーも座り心地はよい、黒州は事務所の奥に消えていったが、そこに給湯室のようなものが有るのだろう。


 「少年は何が好きかな? コーヒーに紅茶に緑茶、飲み物はだいたいなんでもあるが……私が今は紅茶の気分だから紅茶にする。少年もそれでいいね?」


 事務所の奥からなんとも楽しそうな声が響いた。


 「少年じゃありません赤也です、それにその聞き方だと他の選択肢がないじゃないですか」


 「まぁまぁ、そう固いことを言うな少年、砂糖とミルク、それに茶菓子もつけてやろうではないか」


 赤也が諦めてため息をついたころに、黒州は盆の上に品の良い茶器と安っぽい茶菓子を持って戻ってきた。

 「ため息をつくと幸せが逃げると言うが、あれは本当なのかな、逃げた幸せというものをどうやって観測するんだろうね?」


 黒州は適当なことを言いながら配膳をすますとソファーの対面に腰を下ろした、やっと静かになりそうだ。


「そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったね、葵から聞いて知っていると思うけど、私の名前は『黒州 渉子』この黒洲心霊探偵事務所の所長だよ。クロちゃんでもショウコさんでも好きに呼ぶといいよ」


「『大空 赤也』です。葵姉さんかこの事務所のバイトを紹介されました、詳しいことは聞いたらわかると」


「いやぁ嬉しいねー、葵が暫く来れないと言って、出て行ってから事務所は荒れるは事務仕事は溜まるはで、このままでは物に埋もれてしまうところだった、君は救世主だな」


「いや、仕事の内容を教えてもらいたいのですが…」


「うむ、仕事は探偵助手の業務だ。 ということで即採用だな、よしよし今日から働いてくれたまへ。 自慢じゃないが給与は悪くないと思うぞ? 葵もよく給料だけは悪くないと言っていたし、心配はしないでくれ」


 欲しい物が出てくるまでガチャガチャを回すというのは、回すのがガチャガチャだから楽しいのだと思う。ミルクを入れた紅茶をかき回し口に運ぶ、悔しいけど紅茶は美味しい疲れた体に染み渡る。そういえばなんでこんなに疲れているんだろうか、揺れるティーカップにの波間に視線が落ちる。


 一通り喋り終えたのか黒州は静かになっていた。視線を感じて目線を上げる。黒州の手のひらが頬に触れ、黒い瞳がこちらを覗き込んでいた。桜の香りの香水が近くに感じる。


「少年、憑かれているね」


 静まり返った事務所に雨音が、ぽつりぽつりと届く。


「ええ、まぁ現在進行系で色々ありましたし、それに最近なんだか寝不足で……」


「最近夢を見たのはいつ?」


「最近ですか……? いつだったかな……」


 音が、遠くなる、警笛とアナウンスがだんだん近くに聴こえる、夢はこれ?


 外灯の明かりがぼんやりと照らす、薄暗い無人駅のホーム。今日は雨が降っていた、固いベンチは冷たく足元も底冷えがする。ここは知っている来たことがあった、人の気配は周りになく、それどころか生き物がいそうな気配すらまったくない。

 いつもならそろそろアナウンスが流れて電車が来るはずだ、その先を考えるより先に体が動いていた、走り出す。目指す宛も出口もわからないが、ただ待っているのが怖かった。


「まもなく、電車が来ます。逃げる場所などありませんので、ご注意ください」


 警笛の音が聴こえる、電車がホームに入ってくるのが見える。恐怖で足がもつれ転ぶ、必死の思いで体勢を立て直す、横付けされた電車のドアが開いた。呼吸が荒くなり思考は恐怖に解体されていく、目を固く閉じる、この先は見たくはなかった聞きたくはなかった、雨のように冷や汗が滴る。


「次は終点、挽き肉、挽き肉です。まもなく、発車いたします。雨に濡れる前に、お早くお乗りください」


 震える脚に力を込め、逃げ出そうとするが上手く行かない。片足が地面から浮き上がり、引き摺られる。足首を掴まれている、バタつき駅のホームを必死に掻く、遠ざかる駅のホーム、掴むところなど無い濡れたアスファルトの上を、希望が滑り抜けていった。


「発車します」

 列車の中からは血と獣の混ざった臭いが漂ってくる。胃からこみ上げる物を抑えることなどできなかった、吐瀉物の臭いが悪臭に混ざる、これは夢だ、夢だ、覚めろ、覚めろ。

 

 警笛が鳴る、ドアが閉まり、電車が動き出す。


 窓の外の風景は流れ出し、キュラキュラと金属が回る音が背後から聞こえてくる、強い力で肩を捕まれ後ろを振り向かされる。

 駅員の服を着た大きな猿が二匹、落ち窪み紅く光る瞳と耳まで裂け開いた口で笑顔を浮かべていた。機械を回す猿が耳障りな笑い声をあげる。


「次は、挽き肉、挽き肉です」

掴む場所は肩から頭に、キュラキュラと回る金属音に近づいていく。回る金属板に粘着く白い脂と赤黒い肉片が絡みついていた、まもなく自分もそうなるのだ。


 不意に電車が止まり、猿達も動きを止める、笑顔から困惑に表情が変わった。ドアが開き、風が吹き込む桜の香水の香りがした。


「いやー駅員さん少し待ってくれないか、忘れ物を届けに来たんだ、雨が降っているのに傘が無いのは不便だろう? それに彼は私の物だ、その汚い手を離せ山猿風情が」


 挑発された大猿は臨戦態勢を取る、投げ捨てられるように獣の手が離れた。のたうつように黒州の近くまで転がり込む。状況は飲み込めないが、涙と声が溢れ出た。


「泣くほど嬉しいのかい、それは渉子さん感激しちゃうなぁ。 それと赤也くん傘を持ってなさい、これから雨が降るからね」

 落ち着いた様子の黒州からキャラ物の折りたたみ傘を渡される、黒州の飄々とした態度が今は心に沁みる。


「駆け込み乗車はおやめください」


「別に駆け込んではいないだろう、それに少し臭いがきついな。人の格好を真似るなら、もう少し人の常識を学んだほうがよいぞ? サルマネくん」


「次は、猿夢、猿夢です」

 不気味な大猿の咆哮が電車を揺らし、大猿の毛が逆立った赤い瞳が爛々と輝やく、二匹の大猿は黒州に標的を定めた。

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