前話 夢
生暖かい夜風が頬を撫でると、冷たいベンチの上で目を覚ました。たしか、さっきまでサークルの友達と部室でオカルトの話や都市伝説の話しで盛り上がっていたのを覚えている。
誰が買ってきたのか、酒があったが記憶がなくなるほど飲んだような覚えはない。そうだ遅くなりすぎる前に先に電車で帰ろうとしたのだった。これからの時間が本番だってまた盛り上がってたもんな、ここはどこの駅だろうか。
外灯の明かりがぼんやりと照らす、薄暗い無人駅のホーム。固いベンチは冷たく足元も底冷えがする。人の気配は周りになく、それどころか生き物がいそうな気配すらまったくない。
いや電車で寝たてしまったとしても駅のホームで目を覚ますのはおかしい、今日聞いたオカルト話を思い出す。駅が出てくる話はいくつかあったはずだ。心がざわつき悪寒が走る。
駅のアナウンスが鳴った。
「次は、えぐり出し、えぐり出しです」
ヒビ割れたような男性の声が不快な音を耳に届かせる、あまりの出来事に硬直していると、目の前に電車が止まった。ドアが開くと、ありきたりな車内の中から生臭い匂いとピンポン玉ぐらいのなにかが転がり出てくる。
足元に転がってくる、それを目で追うとそれと、目が合った、血濡れの眼球が空虚に空を見つめていた。
「えっ!?」
血の気が引いて腰が抜ける、恐る恐る前を見ると。先程までは何もなかった車内に駅員の格好をした大猿が耳まで裂ける口でニタニタ笑って立っている。
もう一匹の大猿が、車内から何かを引きずってくる、人間だった。
顔に生気は無く片目からは血が流れている。うつらうつらと虚ろに揺れる、残った一つの瞳が、何かを探しているように恐怖に震える。
最初の大猿が残った片目に指を突き刺す、回転する悲鳴が鼓膜を突き刺した。
大猿は指で悲鳴の音量を調整するかのようにゆっくりと回転させながら、差し込んだ指と眼球を引き抜く。
悲鳴のコーラスをひとしきり楽しんだ後、大猿は頭を掴むと力任せに引っこ抜く、血の幕が降り生臭い匂いが辺り一面に広がる。
「次は、お前。次は、お前です。やり残しの無いよう、ご注意ください」
ドアが閉まり電車が駅を出る、風が髪を巻き上げる。
目が覚める、自分の部屋の天井だった寝汗の湿り気を背中に感じる。倦怠感で暫く起きる気にはなれなかったが、寝転んでいると寝汗がじっとりと冷え込み、項に怖気が走る。
あれは夢だそうだ、夢なんだ自分に言い聞かせる。それに夢に殺されるなんて馬鹿らしいじゃないか。
スマホの新着の通知に気がつく、姉さんだ。要約すると昨日言ったことを忘れるな、メモの所に行くようにとスタンプ付きで送られてきている。
今はそんな気分でもないが、寝直す選択肢は絶対に無い、お姉ちゃんの言うことをよく聞くようにって昔はよく母さんに言われたな。
準備を済ませたら、姉さんの意見に従ってみよう、気分転換にはなるかもしれない。