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梅に髑髏  作者: まめ童子
絹と光雄
9/30

其の一

新章開始しました!


 白日が照る、冬晴れの昼どきだった。


 軒先で洗濯物を干していた紅子(べにこ)は、その眩しさに目を細めた。

 幾つかの季節がめぐったはずだが、この山は相変わらず雪深く、もう二度と春など訪れないのではないかというくらい一面真っ白である。しかし今日は日が出ているせいか、いつもよりも幾分、生命の気配が感じられる。

 人形になってからというもの、五感が何処か遠のいて感じる紅子であったが、この日差しの明るさや暖かさは、生身の頃の感覚と等しく身に染み入るのだった。


 ふと鼻腔をかすめる香りに、紅子は顔を上げた。

 形のいい輪郭に収まった艶やかな黒曜石の瞳が日の光を弾く。すっと整った鼻筋に、ぽってりと赤く色づいた唇が彼女の端正な容姿を物語っている。

 ふと、庭先の木に真っ赤な花弁がほころんでいるのが目に入る。――ああ、あれは梅の木だったのかと、もはや風景と化していた枯れ木の正体に、彼女はそこで初めて気がついた。

 この屋敷には椿くらいしか生きているものはないと思っていたが、思いがけない命の存在に、紅子は思わず微笑んだ。

 

 だが、梅の花を見ると、彼女の心にはうっすらと影(はしばみ)が差す。思い出したくない、忌まわしき過去の記憶が過る――。


 「紅子さん、ちょっといいかな」


 紅子は、はっとした。呼び掛ける声に振り返ると、作業場に詰めていたはずの(みのり)がひょっこり顔を出している。

 榛色の丸い瞳に、色素が薄く細い癖毛を備えた小動物のような見た目の男は、白く細長い腕を伸ばしてひらひらと手を振る。紅子は頷いて先を促した。


 「急な来客でね。お世話をお願いしたいんだ」


 女は首をかしげた。前にもこんなことがあったが、どうしてこんな山奥までわざわざ訪ねてくる人があるのだろうか。否、前と同じであるならば、客の目的もまた同じなのだろう。


 「また生き人形絡みですか」


 稔は首をすくめて、さあね、と笑ってみせた。


 「何せ初対面だから」


 知り合いでもないのに訪ねてくるなんて十中八九、生き人形絡みではないか。紅子は嘆息すると、仕度のために炊事場へと足を向けた。


***


 茶を運びに客間に入ると、少し大きな包みを抱えた中年の女が座っていた。その顔は青白くやつれており、髪も簡単に纏めただけの質素な出で立ちである。

 女は紅子の姿を見ると深々と頭を下げた。それに軽く会釈を返すと、茶を差し出す。

 彼女はぼんやりとそれを受け取ると虚ろな目で湯呑みを見つめていたが、おもむろに顔を上げて話し始めた。


 「突然の訪問をお許しください。私は絹と申します。本日参りましたのは、その――」


 絹と名乗る女は、そこで言葉に詰まると包みを抱き締めて俯いてしまった。


 「()()を作れというご依頼なら、お引き受けしかねます」


 続きを待たずに、稔はそう言い切った。絹は焦ったように顔を上げる。その表情は狼狽(ろうばい)を隠せないでいた。


 「どうかそうおっしゃらず、話だけでも聞いてはいただけませんか」


 「僕は依頼は受け付けていないんです。ましてや今日会ったばかりの方の個人的な依頼とあれば尚更です」


 取りつく島もない稔の返答に絹はぎゅっと歯を食い縛っていたが、とうとう堪えきれずはらはらと涙をこぼした。


 「息子は、先の戦争で命を落としました。そのとき息子と一緒に従軍していた方からお聞きしたのです。不死の軍団のことを――」


 嗚咽(おえつ)混じりに発せられた絹の言葉に、稔は表情を凍りつかせる。


 「交戦中に亡くなった息子は、不死の軍団に加えられる予定でした。ですが直前になって戦争が終わり、再びの従軍を免れたのです」

 

 彼女は抱えていた荷物を卓に置くと、その包みを開いた。

 中から出てきたのは一揃いの人骨だった。


 「息子が不死の軍団に加えられなかったことは喜ぶべきことです。ですが、もし時期がずれていれば、この子はもう一度生きて、生き延びて、己の望む人生を歩むことができたかもしれない」


 絹は稔の目をじっと見つめた。彼は何も言わず正面からその視線を受け止める。


 「私はあの子の生前、その夢を応援してやることが出来なかった。けれど今度こそ生きて夢を叶えて欲しいのです。身勝手なお願いだとわかっております。それでもどうか、この子にもう一度、人生を与えてやってはいただけないでしょうか」


 男は沈鬱な面持ちで額に指をついて考え込んでしまった。それもそのはず、絹の息子は先の戦争の犠牲者であるからだ。さらに、そのせいで息子を失った絹も同じく犠牲者であると言える。

 そしてその戦争を長引かせ、激化させてしまった原因こそが、稔が関わっていた不死の軍団だ。稔も権野(ごんの)に人質を取られ、無理矢理に生き人形を作らされていたという点では同じく犠牲者なのだが、彼の技術がなければこのような悲劇が生まれなかったというのもまた事実である。そう意味では稔は戦犯とも言える。


 (――本当に、恨みますよ、権野少将)


 「わかりました、お引き受けします。――これは僕の罪滅ぼしです」


 ですが、と言葉を切ると、稔は厳しい表情で絹を見た。


 「これはご子息の命を貴女(あなた)の意のままに操るに等しい行為です。貴女は彼の夢を応援できなかったと言いました。それは彼を貴女の望むように扱おうとしたということです。貴女が今しようとしていることは、それと同じこと。それで本当に良いのですか?」


 ぐっと息を詰まらせた絹は、白くなるまできつく指を握り込み、目を伏せて黙り込んだ。

 しばらく沈黙が続いた。しかし彼女は突如顔を上げると、意を決したように口を開く。


 「あの子に恨まれたとしても構いません。それでも、あの時してやれなかったことを、してやりたいのです」


 彼女の決意に、稔は黙ってただ頷いた。


***


 絹が去ったあと、茶器を片付ける紅子は実に不機嫌そうだった。


 「紅子さん、また僕が人形製作を請け負ったのが気に入らないんでしょう」


 「私はそもそも稔さまが相変わらず生き人形を作ること自体が解せません。――この間の権野さまのことがあったばかりなのに」


 じとっとこちらを見やりながら発せられた紅子の言葉に、ううん、と唸って眉根を寄せた稔は、困ったように腕を組む。


 「仕方ないよ。本当は引き受けたくなかったけど、今回ばかりはそうもいかない。彼の人生を奪って、尚且つ絹さんから息子を奪ってしまったという意味では、僕も権野さんと同罪なんだから。彼女の望みを叶えるくらいしか僕にできる罪滅ぼしは無いんだよ」


 稔はそう言い訳して、紅子を納得させようとした。意外と情に脆い彼女のことだ。誰かのため、と良心に訴えれば聞き入れてくれるような気がしたのだ。だが思惑は外れ、彼女は、ふん、と鼻を鳴らすと、黙って部屋から出て行ってしまった。

 彼女のどすどすという荒い足音が、そんなのは理由にならない、言い訳するなと言わんばかりに廊下に響く。


 ふう、とひとつため息をついた男は、その場にごろんと寝転がる。彼は冷めた目で己の指先を見つめると、独り呟いた。


 「ちゃんとわかってるよ。――一番身勝手なのは、()だってね」



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