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梅に髑髏  作者: まめ童子
紫と尊
30/30

其の八(終)


 話は幾らか(さかのぼ)る。


 (ゆかり)(たける)の出立を明るく見送った紅子(べにこ)だったが、その胸中は複雑だった。

 「このまま二人が幸せだといい」という(みのり)の言葉の意味は、紅子にも良くわかっていた。

 ――人形と生者。その間に流れる時間はどんどんずれていき、いずれ永遠に分かたれる。

 その瞬間が訪れたとき、果たして二人は最良の結末を迎えられるだろうか。


 紅子はふと横を見た。そこには全ての元凶である人形師が梅の枝を(もてあそ)びながら(たたず)んでいる。

 彼女は思った。そもそも稔さえ、生き人形を生み出す人形師さえ居なければ、こんな風に誰かの時間を歪めてしまうこともなかったのだ。

 とはいえ、今回その歪みを選んでしまったのは、他でもない紅子自身だ。

 自身が人形となってしまった上に、他の人形たちと接する内に、紅子の死への観念はすっかり歪んでしまった。

 いざとなったら死は覆えせる。そんなことを、心の何処かで思うようになってしまったのだ。

 思えば、稔が彼女を人形にしたときから、何もかも狂ってしまっていたのかもしれない。


 (――どうして私は、人形になってしまったのだろう)


 そんな思いが、彼女に予てよりの疑問を口にさせた。


 「――稔さまは何故、生き人形を作るのですか」


 「前にも言ったけど、君にはきっと理解できないよ」


 稔は紅子の方を見ず、枝を弄りながら答えた。まともに取り合う気はないといった様子だ。

 だが彼女は彼の視界に入り込むと、無理やり目を合わせる。


 「私には知る権利があります。――稔さまの、最高傑作として」


 これは自惚れではなく確信だ。稔の紅子への眼差しは、他の者へ向けられるそれとは明らかに異なっている。それはこの数年、ずっと変わらなかった。

 そして紅子がその事実に気付いていることを稔は間違いなく察していると、彼女にはわかっていた。


 「――そうさ、君は僕の最高傑作だ」


 紅子の言葉に態度を一変させた稔は、真剣な表情で見つめてくる彼女の白く滑らかな頬をそっと撫でると、この上なくうっとりと微笑んだ。


 「君を見つけたとき、これは運命だと思った。僕にもようやくそのときが来たんだと確信したよ」


 「――そのとき?」


 不可解な稔の言葉に、紅子は(いぶか)しげに眉をひそめた。

 男は相変わらずうっとりとした視線を彼女に注ぎながら、悠然と頷く。


 「そもそもどうして人形が作り出されるかと言えば、それは人形を求める者がいるからだ。そして人形を求める者たちは一様にその理由をこう言うんだよ」


 そこで言葉を区切ると、稔は突如、この上なく不気味な笑みを浮かべた。

 自分を見つめる瞳の、底無し沼のように深い闇を湛えた(はしばみ)色に思わず魅入られ、紅子は縫い留められたようにぴくりとも動けなくなる。

 稔は形の良い唇をゆっくりと開いた。少し(ひず)んだ、しかしよく響く琴の調べのような声が怪しく言葉を紡ぐ。


 「それはね、『愛』なんだって」


 すると不意に稔は紅子を抱き寄せた。突然のことに彼女は身じろぐも男の抱擁は思いのほか固く、逃れられない。

 彼は紅子の耳許に唇を寄せると、溜め息混じりに囁いた。


 「僕にはずっと解らなかった。死者をこの世に呼び戻すなんていう、とどのつまり自己満足でしかないような行為の何が『愛』なのか」


 突然の事態に、もはや二の句も継げないまま腕の中で硬直するしかない紅子の耳朶(じだ)を甘噛みして、稔はまるで熱に浮かされたかのように荒く息をつく。


 「――でもあの日、鮮血に浮かんだ君があまりに美しくて、僕はそのとき、ようやく彼らの言う『愛』とやらが何なのか理解したんだ」


 男はそのままゆっくりと唇を女の首もとに這わせた。焼けるように熱い吐息が彼女の柔肌を焦がす。――これ以上はいけない。紅子はいよいよ耐えられなくなって稔の身体を押し返した。

 困惑をもって見返す紅子に相対する稔は、やはり上気した頬に蕩けるような笑みを浮かべて彼女の指に自らの指を絡めた。


 「僕は知りたいんだ。愛なんて妄執の成れの果てに何が待っているのかを。人の業を深めるばかりの感情が、どんな結末を生むのかを。だから人形を作り出してきた。そして今やそれは、僕自身の末路を知ることでもある。何の因果か、最高傑作(きみ)を作り出してしまった僕が、その手でどんな最期を迎えるのか――」


 そして稔は、恋人に艶言(あでごと)を囁く男が見せるような恍惚とした表情で紅子を見つめる。


 「その時に、僕は何を思うのか、それを知りたいんだ」



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