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梅に髑髏  作者: まめ童子
権野
3/30

其の三


 正午を過ぎた頃、(くだん)の人物が訪ねてきた。


 「久しいね。(みのり)君」

 「ええ、お久しぶりです、権野(ごんの)少将。もう二度とお会いすることはないと思っていましたが」


 稔のあからさまな嫌味を「ご挨拶だな」と一笑に付した権野は、慣れた様子で敷居を(また)ぐ。


 紅子(べにこ)は一連の様子を奥から黙って見ていた。


 この権野という男は軍人にしては小柄で、やや細身である。顔立ちはそこそこ整っていて、下がった目尻が柔和な印象を与える。彼の武勲(ぶくん)は恐らく腕力で得たものではなく、人柄や交渉力で培われたものだということが一見して推し量れる、優しげな容姿であった。


 しかして紅子には、その笑顔の奥に何か仄暗いものが感じられてならないのであった。


 ふと、権野と目が合った。彼は一瞬表情を硬直させたが、すぐに元の柔和な笑顔に戻ると紅子を見据えたまま稔に声をかける。


 「稔君、あちらは――」

 「彼女は紅子さんです。最近作業が立て込んでいるので住み込みで身の回りの世話をお願いしています」


 なるほど、そういう設定で来たかと紅子は内心頷いた。確かに、作業中は「生活」というものにまるで無頓着な稔を見かねて仕方なく世話を焼いているので、彼の言うことはあながち嘘でもない。


 「ほう、こんな何もない山奥の、しかも()()()()人形師のもとで住み込みとは、貴女(あなた)も変わった方ですね」


 そう言うと権野は目尻に皺を寄せて微笑んだ。穏やかな表情に誤魔化されてしまいそうになるが、その実なかなかに不躾な物言いだ。紅子は先ほど抱いた不信感の正体を垣間見た気がした。――稔も大概曲者(くせもの)だが、この男にはそれとは違う、「悪意」を感じる。


 「何分(なにぶん)、人見知りなものでして。この静けさが性に合っているのです」


 紅子が無表情にそう返すと、権野はやはり物珍しそうな顔で彼女を見た。そして先ほど見せたあの仄暗い笑みを浮かべると、一言ぼそりと呟いた。


 「確かにここは静かだ。まるで()()()()()()()()()()()()()()


 何かを探るような権野の視線が女を撫でた。紅子が生き人形ではないかと疑っているのだろうか。知られたところでどうということはないが、この男にこれ以上探りを入れられるのは心地が悪い。紅子は黙って会釈すると、その場を後にした。



***



 権野を客間に通すと、稔は紅子が茶を卓に置くのも待たず口火を切った。


 「権野さん、わざわざ訪ねてきていただいたところ申し訳ありませんが、僕はもう貴殿(あなた)方に関わるつもりはない。貴殿方は何か勘違いしているようですが、僕の仕事はつまらない死霊術(ネクロマンシー)とは違う。ましてや死んだ人間を再利用して不死の軍団を作ろうなどという趣味の悪い遊びに付き合うつもりはないんです」


 数年前、権野は死んだ人間を素体とした人形を作る人形師の噂を聞きつけて稔を訪ねてきた。

 その頃の稔はまだこの山には籠っておらず、小さな村の隅で秘密裏に生き人形の製作を行っていた。

 はじめは友好的に振る舞っていた権野だったが、その目的を知った稔が彼の依頼を拒むと、最終的には村の人間を人質に取る形で生き人形の製作を迫った。


 その目的こそが、戦争で命を落とした兵士の遺体を素体とした生き人形を最前線に送り込む、「不死の軍団」計画である。


 「()()、か」


 稔の冷たい視線を正面から受け止めると、権野は少し苦々しげに笑った。


 「我々としては今生きている者たちの犠牲を最小限に留めるためにやむを得ず打った策だったが、君はそれを遊びと言うかね」


 「遊びでしょう。そこまでしないと勝てないような戦争に、のこのこ出ていくなんて」


 吐き捨てるような稔の言葉に「一理あるな」と言うと、やはり権野は影のある笑みを浮かべる。彼はしばらく湯呑みの中身を眺めて黙っていたが、やおら顔を上げるとゆったりと崩していた姿勢を改めた。


 「今日は兵士の依頼に来た訳ではないんだ――」

 

 そこで言葉を切ると、権野は神妙な面持ちで稔を見た。


 「君に頼みたいのは、――妻の蘇生だ」


閲覧ありがとうございます!

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