其の七
紫が鬼籍に入ってはじめての冬を迎えた。
全てを終えた尊は、かつての知己に宛てて文を書いている。
紫の死後、尊はその亡骸を生き人形にすることはせず、彼女の望み通り埋葬した。
迷いは無かった。これが一番良いと、そう思ったのだ。
紫を殺すことはできない。そして彼女は生き人形になることを望まない。ならば尊が取れる選択肢は自ずと一つになった。
妻は最後まで彼の選択を案じていた。だが、尊は全てを受け入れていた。
――紫が亡くなるとき、俺に言ってくれました。『この人生を、貴方と過ごせて良かった』と。そのときの紫は、今までのどの瞬間よりも美しかった――
尊はふと筆を置くと、庭から吹き込んできた一輪の梅の花を摘まみ上げる。
はじめは形を保っていたそれは俄に風に煽られ、はらはらと崩れ落ちてしまった。
風に運ばれていく花弁を、彼は愛でるように目で追った。
――俺は気付きました。時間は有限だからこそ、意味がある。生きとし生けるものには必ず死が訪れる。だからこそ、人生は、人間は美しいのだと、紫を看取ったとき、そう思いました。
そこまで書いたところで、おもむろに己の胸に手を当てると、その表情は少し翳る。
――俺は人形です。心臓は動いておらず、この状態で生きているとはとても言えません――
掌に伝わってくるものは何もない。この身体はやはり生きてはいないのだ。改めて、自分は最早、生者とは相容れない存在なのだと思い知らされているようで、彼は少し切ない気持ちになった。
不意に、耳慣れない囀ずりが聞こえた。音のする方に目をやれば、庭先の梅の枝に一羽、鴬が止まっているのが見える。
その姿に、切なく痛んでいた尊の胸の内がふんわりと温まる心地がした。
思い出したのだ。かつてこの庭で、同じようにやって来た鴬と戯れる妻の姿を。
尊は思わず微笑んだ。そしてしばし考えて、再び筆を取る。
――けれど俺はこうして考えて、感じて、話すことができる。そして、貴女と紫の思い出を語らうことができます。それだけでも、この永い時間には意味がある――
立ち上がった男は、ぐっと伸びをして天を仰いだ。空は彼を包み込むように広がり、青く高く澄み渡っている。
その清々しい空気を大きく吸うと、尊は文の続きを心の内で独りごちた。
――これから俺は旅に出ようと思います。この目で人の営みを、流れゆく時間を見届けたいのです――
そうして彼は目を閉じて、今や行方さえわからない、同じ永久を揺蕩う定めの知己の姿を思い浮かべた。
――紅子さま、どうか、いつまでもお元気で――
冬晴れの暖かい日差しに綻ぶ梅の花が、その門出を祝うように優しく揺れる。
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