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梅に髑髏  作者: まめ童子
紫と尊
29/30

其の七


 (ゆかり)が鬼籍に入ってはじめての冬を迎えた。

 全てを終えた(たける)は、かつての知己に宛てて文を書いている。


 紫の死後、尊はその亡骸(なきがら)を生き人形にすることはせず、彼女の望み通り埋葬した。

 迷いは無かった。これが一番良いと、そう思ったのだ。

 紫を殺すことはできない。そして彼女は生き人形になることを望まない。ならば尊が取れる選択肢は自ずと一つになった。

 妻は最後まで彼の選択を案じていた。だが、尊は全てを受け入れていた。


 ――紫が亡くなるとき、俺に言ってくれました。『この人生を、貴方と過ごせて良かった』と。そのときの紫は、今までのどの瞬間よりも美しかった――


 尊はふと筆を置くと、庭から吹き込んできた一輪の梅の花を摘まみ上げる。

 はじめは形を保っていたそれは(にわか)に風に煽られ、はらはらと崩れ落ちてしまった。

 風に運ばれていく花弁を、彼は愛でるように目で追った。


 ――俺は気付きました。時間は有限だからこそ、意味がある。生きとし生けるものには必ず死が訪れる。だからこそ、人生は、人間は美しいのだと、紫を看取ったとき、そう思いました。


 そこまで書いたところで、おもむろに己の胸に手を当てると、その表情は少し(かげ)る。


 ――俺は人形です。心臓は動いておらず、この状態で生きているとはとても言えません――


 掌に伝わってくるものは何もない。この身体はやはり生きてはいないのだ。改めて、自分は最早、生者とは相容れない存在なのだと思い知らされているようで、彼は少し切ない気持ちになった。


 不意に、耳慣れない(さえ)ずりが聞こえた。音のする方に目をやれば、庭先の梅の枝に一羽、(うぐいす)が止まっているのが見える。

 その姿に、切なく痛んでいた尊の胸の内がふんわりと温まる心地がした。

 思い出したのだ。かつてこの庭で、同じようにやって来た鴬と戯れる妻の姿を。

 尊は思わず微笑んだ。そしてしばし考えて、再び筆を取る。


 ――けれど俺はこうして考えて、感じて、話すことができる。そして、貴女と紫の思い出を語らうことができます。それだけでも、この永い時間には意味がある――


 立ち上がった男は、ぐっと伸びをして天を仰いだ。空は彼を包み込むように広がり、青く高く澄み渡っている。

 その清々しい空気を大きく吸うと、尊は文の続きを心の内で独りごちた。


 ――これから俺は旅に出ようと思います。この目で人の営みを、流れゆく時間を見届けたいのです――


 そうして彼は目を閉じて、今や行方さえわからない、同じ永久を揺蕩(たゆた)う定めの知己の姿を思い浮かべた。


 ――紅子さま、どうか、()()()()()お元気で――



 冬晴れの暖かい日差しに(ほころ)ぶ梅の花が、その門出を祝うように優しく揺れる。




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