其の三
屋敷に戻った稔が戸を開けると、玄関には深々と頭を下げた紅子が座していた。
ここしばらく最低限の身の回りの世話こそしてくれるものの、ちらっとでも目が合えばそそくさとその場を去ってしまっていた彼女の突然の行動に、何らかの思惑を感じ取った稔は薄く微笑む。
「どういう風の吹き回しかな?」
「――稔さまに、蘇生をお願いしたい人間がおります」
無駄な前置きはせず、紅子ははっきりと用件を述べた。稔は己の考えを最優先に動く人間だ。ゆえに余計な駆け引きは無用だと考えたのだ。
紅子の真剣な面持ちとは裏腹に、稔は仄暗く不気味な笑みを浮かべる。
「散々僕の所業を否定してきたのに、これはまた随分と都合の言い話だね」
女は唇を噛み締めた。彼の言い分はもっともだ。稔が生き人形を作ることに怒りを示し、人形師という存在を拒絶してきたのは、他でもない紅子自身だ。それが手の平を返すようにこんな要求をしてくれば、誰であっても良い気はしないだろう。
だが紅子は再び頭を下げた。――ここで引き下がるわけにはいかない。大事な知己の命が懸かっているのだ。
「勝手なことを申しているのは百も承知です。それでも、稔さまにお縋りするしかないのです。――私の全てを捧げてでも」
最早睨めつけるかというほど鋭い視線が稔を刺す。それを彼は面白いものでも見るように眺めていたが、ふと身を屈めると紅子の頬に手を伸ばした。突然のことに彼女は思わず身を強張らせる。
「はっきりと僕を殺してくれるって言わないあたりが紅子さんらしいよね。もう全部分かっているくせに。そうやって逃げ道を残しているつもり? 可愛いね」
稔はうっとりとした表情で紅子の黒曜石のような瞳を覗き込んだ。今すぐにでもその手を払い除けたい紅子だったが、ぐっとそれに耐え、厳しい目付きで男を見つめ返した。
すると稔は一つ息をつき、やれやれ、と小さく呟いて立ち上がると、そのまま屋敷の奥まで歩いて行こうとした。慌てた紅子は思わずその袖を握る。
「稔さま、私は――」
「どんな人なの?」
唐突な質問に虚を衝かれ、女は思わず口をつぐむ。すると稔は振り返って、もう一度同じことを聞いた。
「だから、君が人形にしたいのはどういう人なの? というかどうせここに居るんでしょう」
「――私の願いを、聞き届けてくださるのですか」
掠れた声で呟き問う紅子に、男は呆れたように返した。
「あんなに睨み付けられたら怖くて言うこと聞いちゃうよね」
「それは――申し訳ありません」
稔はふふっと笑い声を漏らすと、気まずそうに目を伏せている紅子の手を取って悪戯っぽく笑う。
「冗談だよ。――可愛い紅子さんのお願いだからね。一回くらいは聞いてあげる」
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