其の六
傍で聞いていた紅子は思わず声をあげた。――嫌な予感が的中してしまった。やはり彼女は自分で自分の首を落としたのだ。
椿は動揺を隠せないのか、相変わらず小刻みに震えている。その様子に稔はにたりと気味の悪い笑みを浮かべる。
「まず、君の首の断面は、事故でできたものにしては綺麗すぎる。それだけなら偶然ということも考えられるが、そうじゃない――最初からおかしいと思っていたんだ。はじめ、君はご主人は見つからなかったと言ったのに、その後、彼は亡くなったと言った。どうして失踪したご主人を見つけられなかったのに、亡くなったと断言できたのかな」
「見つからなければ、死んだと思って当然ではありませんか」
椿は語気荒く言い放った。だが彼の言わんとする事を肯定するかのように、その拳はきつく握りしめられている。
「そうかな? ご主人とその連れの人形は仲睦まじかったんだろう。それなら駆け落ちしたという想像だってできる。もし君が首が取れるほどの執念で二人を探していたのなら、僅かでも彼らが生きている可能性に賭けないのは考えにくい。けれど君は、『見つからなかったら、死んだと思って当然だ』と言った。――二人が亡くなっていると認めるのに何の抵抗感も無いことに、僕は違和感を覚えるね」
そう言うと稔は、着物の襟に覆われた椿の綺麗な首の断面をじっと見つめる。
「恐らく君は何らかの事情を知っていて、二人が一緒に姿を消した時点で、その目的が心中だとわかっていたんだ。そしてきっと、二人の遺体を目撃している」
すると謎を解く探偵よろしく、人形師は余裕たっぷりに続けた。
「それから、これは僕の勝手な想像だけど、君が僕に教えた顔は実在した別の誰かの顔だったんじゃないかな。自分の理想の顔を作るにしてはいやに具体的だったからね。――例えばそう、ご主人と一緒に消えた人形、とかね」
稔がそう言った途端、辛抱堪らずといった様子で、椿は彼に掴みかかった。衝撃に男が手にしていた首が床に転がり落ちる。
女が激昂しているということは顔がなくてもわかる。だが危険な状況にもかかわらず、稔はますますぞっとするような不気味な笑みを湛えて椿を見やった。
「その反応、やはり図星だったようだね」
「――私が、私が一番のはずだった。主さまを一番愛しているのも、主さまが一番愛しているのも、私だった。私であるべきだった。それなのにあの子が全部持っていってしまった。きっとあの子が誰より美しい顔をしていたから、あの子が一番になってしまったの。だから私があの子の顔に、あの子自身になれば、私がまた主さまの一番になれるのよ」
稔の肩にきつく指を食い込ませて、椿は声を荒らげた。その鬼気迫る様子が恐ろしく、紅子はその場に立ち竦む。
椿の主人と彼女が妹のように可愛がっていたはずの娘は、親子ではなく恋人だった。彼女はそれをわかっていながら、敢えて「親子のようだった」と紅子に語った。その心中は一体どんなであったかと思うと、目眩がする。
しかも椿は二人との思い出を、あんなに慕わしそうな様子で紅子に聞かせたのだ。それなのに、その実、内に秘めた思いはかくもどろどろと澱んだ嫉妬と執着であったことに、紅子の背筋はぞっと凍りつくようだった。
しかしそんな紅子とは違い、相変わらず場違いな笑みを浮かべた稔は、椿の慟哭を聞いても尚、楽しそうにくつくつと声を立てている。
「君も可笑しなことを言うね。ご主人はもう亡くなっているって、君が言ったんじゃないか。本当はわかってるんだろう。こんなことをしたって自分はもう永遠に彼の一番になんかなれやしないって」
その言葉にいよいよ気持ちを抑えられなくなったのか、椿は彼の首に手を掛けた。紅子は慌てて助けに入ろうとしたが、なぜか稔はそれを片手を挙げて制する。
「大丈夫だよ紅子さん、彼女に僕は殺せない」
すると動揺したのか、稔の首に掛かった女の手が緩んだ。紅子はその一瞬の隙を逃さずにすかさず彼女を稔から引き剥がすと、その腕を後ろから捕らえて跪かせた。
男は乱れた着物の襟を整えると、改めて口を開く。
「僕たち人形師は不老不死だ」
紅子は耳を疑った。――今、この男は不老不死と言ったか?
だが彼女の驚きをよそに、稔はさらに続ける。
「だけど唯一、人形師を殺せる存在がいる」
首の無い人形を見下ろす人形師は、ゆったりと微笑む。
「それはその人形師の全てを懸けた人形だ。――椿さん、君は全部知っていたんだろう」
稔は床に転がり落ちてしまった首を拾い、ぐったりと座り込んでいる椿にそれを挿げた。生気を得た彼女の顔はたちまちくしゃりと歪み、琥珀色の瞳から大粒の涙が零れる。
「君の主は死んだ。彼の最高傑作と共に」
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