其の五
それから数日の後、遂に椿の頭部が完成した。稔から作業場に呼び出された彼女は、大層喜んで、ぱたぱたと着物の裾を揺らしながら駆けて行った。
その様子を後ろから見送っていた紅子の心中は複雑だった。
先日、稔から告げられた不可解な点がずっと引っ掛かっている。彼の言う通り、椿の首の断面は事故で損傷したにしてはいやに綺麗だった。まるで刃物か何かで落としたかのように。
しかし、事故というのがどういうものだったかは聞かされていない。偶然こうなるような出来事に巻き込まれたと考えられなくもない。
――だが、もしかしたら。
紅子は嫌な妄想を払うように首を振ると、椿の後を追った。
***
椿が部屋を訪れると、その中央に包みを抱えた稔が立っていた。彼女は浮き足だった。きっとあれは自分の首に違いない。そう思うと胸が高まって仕方なかった。
「ああ、稔さま、本当に心から感謝いたします。どうかその首を私に授けてくださいませ」
そう言うと、彼女は肩口を男の前に差し出した。しかし稔は何故か動こうとしない。椿が困惑していると、彼は微笑を浮かべた。
「これを渡す前に、一つはっきり言っておくよ。これは他の誰でもない、君自身の首だ」
そう言うと稔はやっと包みを開いて中を見せた。
少し癖のある細い黒髪が、白くて丸く愛らしい輪郭を覆っている。それに収まるのは少し薄い眉に小振りだが形のよい鼻、水木の花弁のような美しい曲線を描く唇、そして印象的なとろんとした琥珀色の瞳であった。
戸口から見守っていた紅子が一目見て、言うまでもなく椿の顔だとわかるくらい、しっくりくる造形である。
しかしそれを見た途端に椿の顔色が変わる。
「――違う、これは私の首じゃない。これじゃない」
「言ったでしょう、これは間違いなく君の首だよ」
取り乱して声を荒らげる椿に、稔は静かに返す。
「こんなのおかしいです。私はちゃんとどんな顔をしていたかお伝えしたでしょう。それなのに全く違うではありませんか」
「確かに、聞いていた顔とは違うね」
だったら、と抗議する椿を制して、稔は続ける。
「でも君が僕に教えた顔が、君の本当の顔だとは限らないよね」
椿は絶句して動きを止めた。そしてわなわなと震えだす。
「そんなことをおっしゃいましても、稔さまには私の本当の顔がどんなものであるかを証明する術はございませんでしょう」
「それは君も同じでしょう。人相描きがあるわけでもないんだから」
尚も食い下がる椿に稔は冷たく応えた。
様子を見守っていた紅子は困惑した。一体何がどうなっているというのか。
男は不敵に笑うと、目の前の首の無い女に迫った。
「ご主人の人形製作を見ていないから、君は知らなかったんだろうね。――やり方はそれぞれだけど、人形師は身体の一部さえあれば人形を生前の姿に復元できるんだ。よく考えてもみなよ、それができないなら見たこともない君の顔の製作なんて簡単に引き受けたりしないさ」
紅子は内心頷いた。確かに光雄のときは完全に骨から彼を復元していた。骨格から生前の姿を想像したとも考えられなくはないが、母親である絹が見ても違和感がないほど完璧に再現していたところから察するに、何かしらの秘術があるのだろう。
二の句が継げず黙り込む椿に、稔はもう一度手にしていた首を見せる。
「これは間違いなく君の顔だ。でも君はそれを認めなかった。どうしてかな?」
女は拳をきつく握りしめたままやはり口を閉ざしていた。彼女が答える代わりに稔がその後を続ける。
「君は首を失くしたんじゃない。――自分で切り落としたんだ」
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