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梅に髑髏  作者: まめ童子
椿
18/30

其の四


 日が高く昇る頃、早朝から作業に詰めている稔の世話のために、紅子(べにこ)は人形の製作部屋を訪ねた。

 戸口の前に立つと彼女は、ぐっと息を呑む。ここに来ると、どうにもいつも緊張してしまう。

 ――この部屋には先の生き人形の製作の際も何度も訪れている。何より紅子はここで目覚めた。もうそろそろ馴染んでも良さそうなものだが、幾度ここに足を踏み入れても、何故だかどうしても慣れることができない。


 彼女はしばらくじっと扉を見つめていたが、一つ呼吸をすると意を決して中へと進んだ。


 薄暗い空間に、煤けた梅の香りがうっすらと漂っている。作業場とは思えないほど物が少なくがらんとした内部は、どこか洞穴のような薄ら寒さを感じさせた。

 (みのり)は奥の小さな作業台で部品を組み上げていたが、紅子の気配に気づくと顔を上げる。


 「もうそんな時間かい」


 握り飯と茶を乗せた盆を持っている彼女を見た彼は、そう言って机を片付け始めた。


 「ええ。今日はいつになく集中されていましたね」


 「そうだねえ、大分作業も佳境に入ってきたから。――そういえば紅子さん、今回は怒ってないんだね」


 (うかが)うような稔の視線に紅子は思わず首をかしげた。思い当たる節が特に無い。


 「だって今回もある意味、人形製作の依頼じゃないか。いつもなら嫌そうな顔で僕に当たるのに」


 ああ、そういうことか、と、紅子は手を打った。つまり彼は、自分が人形製作を請け負ったことを紅子が責めてくるのではないかと懸念していたのだ。

 ――しかし意外だ。血も涙も無いような狂人だと思っていたが、この男もそんなことを気にするのか。


 「今回はいままでとは違いますでしょう。椿さまは既に人形の身です。それにお顔が無いと不便ではありませんか。人助けならば、私から申し上げることはございません」


 「――人助けねえ」


 そう呟いてつまらなさそうな顔で茶を啜ると、稔は握り飯を頬張った。彼は指に付いた米を舐めとりながら、机の端に置かれた作りかけの人形の顔を眺めて言う。


 「僕は職人なんだ、つまらない人助けなんかにいちいち付き合うと思うかい?」


 「――どういう意味です」


 途端に顔を曇らせた紅子は眉をひそめた。――やはり最初に思った通り、また何か企んでいるとでも言うのか。

 稔は白く細長い指で人形の顔をつつきながら、厳しい面持ちで自分を見つめる女を面白そうに一瞥(いちべつ)する。


 「気になるんだよねえ。事故で首が落ちたって言ってたけどさ、おかしいんだ」


 彼はそう言うと、不意に人形の頭部を持ち上げて天地を返して紅子に見せた。

 はじめは首をかしげていたが、しばらくして突如、男の言わんとすることを理解した女は、はっと息を呑む。


 稔はぞっとするほど不気味な笑みを浮かべて言った。



 「綺麗すぎるんだよ、断面が」



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