其の三
首が完成するまでの間、その顔がどんなものだったか詳しく聞き取るために、椿は屋敷に滞在することになった。とはいえ、この屋敷に生きている者は稔のみ。世話は紅子一人で事足りているため、特にすることもない。そういうわけで紅子と椿は、ぼんやりと縁側に座して他愛もない会話をしていた。
相変わらず雪深い庭であったが、今日は良く晴れており、日に照らされた雪は銀花の名に相応しくきらきらと輝いていた。
「椿さまのご主人さまはどんなお方だったのですか」
ふと紅子は気になって聞いてみた。すると椿は途端にうっとりとした仕草で両手を組んでみせる。――顔があればきっと、夢見る乙女のような表情を浮かべているに違いないと、紅子は思った。
「主さまは、それは素敵な方でした。顔貌に限らず、心そのものが、泉のように清らかで、美しくて――。私はそんな主さまをお慕いしておりました」
言い終えてから恥ずかしくなったのか、彼女は、あっ、と両脇に開いた手を強ばらせると、熱を冷ますようにぱたぱたと扇いだ。その姿が可愛らしくて、紅子は思わず笑みをこぼす。
椿は、誤魔化すように咳払いをすると、話を続けた。
「私が生きていたのは随分昔のことで、その頃は戦いが絶えず、私もその最中に命を落としてしまいました。主さまはそんな私を憐れに思い、人形として蘇らせてくださったのでございます。主さまの元には、同じような境遇の人形たちが集まっておりました。それはまるで家族のようで、私は本当に幸せでした」
懐かしそうに語る椿の様子に、紅子は目を細めた。
家族。たった一人、稔の元に身を寄せる彼女にはわからない感覚だった。生前そういう存在があったことは確かだが、それは良い思い出ではない。むしろそれは彼女にとって忘れたい過去であった。だからそれを偲ぶことは永遠にない。
――紅子という名前を与えられたとき、その過去とはもう、決別したのだ。
椿は続ける。
「ある日、主さまは、一人の若く美しい人形を連れてこられました。――人形製作の過程を私たちにはお見せにならないので、連れてきた、と言えましょう――彼女は本当に美しくて、それはもう、女の私でも見惚れるような美貌にございます。私も彼女とはすぐに打ち解けて、姉妹のように過ごしておりました。心優しい娘で、いつでも私の後ろをついてきてとても可愛らしかった」
彼女は指を組んで胸の辺りに掲げた。まるで祈るような仕草だが、乙女が想いを馳せる姿にも見える。
「主さまは彼女がお気に入りでいつも一緒に過ごしておられました。それは仲睦まじく、まるで親子のようでした。ですが――」
彼女はそこで言葉を切ると、突如、力なく肩を落とした。
「ある日、二人は忽然と姿を消してしまったのです。私たちに一言も残さず――」
なるほど、彼女が言っていた主と共に消えた人形とは、この人形のことだったのだな、と紅子は頷いた。
確かに慕っていた主人と妹のように可愛がっていた娘が同時に姿を消せば、必死で探すだろう。それこそ首が取れてしまってもだ。
「私はすぐに二人を探しに行きました。他の者は皆、私を止めるばかりで、誰一人ついては来ませんでした。確かに長いこと隠れ里で暮らしておりましたから、外は危険だと思ったのでしょうが、私は放っておけなかったのです。けれど結局、二人は――」
悲しそうな声音で、彼女はそう言った。紅子は思わず椿の手を握った。表情が見えなくてもわかる。彼女はきっと今、泣きそうな顔をしているのだろう。だが、なんと声をかけて良いかわからない。
二人はそうして、そのまま雪の庭先に、ただ黙って佇んでいた。
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