其の一
激しく雪の吹き荒ぶ日だった。空は不気味なまでに白く沈み、舞い散る六花がさらさらと音を立てて庭に降り積もっていく。景色は吹雪に煙り、霞んでよく見えなくなっている。
軒先に腰かけていた紅子はその様子をぼうっと眺めていた。
この屋敷で生き人形として蘇ってから数年が過ぎた。だがその間、この庭は常に雪に閉ざされ、季節の変化を感じられることはなかった。
椿や梅など、冬に花を付ける草木はあるが、それ以外に生命の気配はどこにも感じられない。はじめはそれを残念に思ったものだが、今となっては静けさとして心地よく感じられる。この常冬の山は、人間としての命を持たない自分に相応しい――紅子はそんなことを思った。
「寒くないの?」
呼び掛ける声に振り返ると、羽織を持った稔がこちらを窺っている。
「人形ですので、そういった感覚は鈍いのです。――稔さまはそんなことはご存じでしょう」
男は若干刺を含んだ返答に苦笑いしたが、そのまま羽織を紅子に掛けてやった。
「そうは言っても今日は冷えるでしょう。こんなに降るのは久々だし」
確かに、と紅子は頷いた。この山は普段から雪深いとはいえ、今日ほど天候が荒れているのも珍しい。これでは麓の方も荒天だろうと思われる。
――こういう日は好ましくない。吹雪は良くないものを連れてくる――女は昔聞いたお伽噺を思い出して、少し身の毛がよだった。
彼女の様子に何か察したのか、稔は意地の悪い笑顔を浮かべる。
「紅子さん、雪女やら雪坊主でも出ると思ってるんじゃないの」
我ながら幼稚な妄想だと思って隠し通そうとしていた考えを見透かされてしまい、紅子は渋面した。
「――あやかしものなど存在しません。子供だましの作り話です」
「そうかなあ? 現に君みたいな超常的な存在が実在しているんだから、妖怪の一人や二人、居たって僕は驚かないけどね」
にやにやと意地悪く笑う男をじとっと一瞥すると、紅子は、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうだとしても、別に怖くなどありません」
若干声に震えが滲んでいる。稔はいよいよ堪らなくなってけたけたと不気味に声を立てて笑いだした。紅子は頬を紅潮させ、憤然として抗議しようと立ち上がる。
そのときだった。とんとんと戸を叩く音が響いたと思うと、不自然なまでによく通る声で、ごめんください、と言うのが聞こえた。
突然のことに直前までの思考が現実になったような気がした紅子は、びくっと身体を揺らす。――まさか、いやまさか。
恐怖に蒼白になった女に、にたりと微笑み掛けたかと思うと、稔は黙ってそのまま玄関へ歩いていってしまった。女は慌ててその後を追いかける。
急かすように戸を叩く音に紅子はさらに怯えたが、焦って制する彼女に全く構わず、稔はのんびりと扉を開いた。
「――ごめんくださいまし」
紅子はあまりの出来事に言葉を失い、その恐ろしさに立ったまま気を失ってしまった。
捧げ持っていた笠を取った人物には、首から上が、そっくり無かった。
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