人形
――首落ち椿に蜜蝋、蝶の鱗粉。獣の牙に榊の葉。これらを梅の木で燻したものをよく砕き混ぜ、水で溶いた墨を流し込む。
金砂、銀砂、金剛砂と合わせ、そこに牛の乳を注ぐ。
練り上げた種で遺骸を包んでよく乾かし、水気が抜けたら鑢をかけて表面を整える。布で磨いたら真珠の粉を刷いて艶を出す。
できた素体に術者の血を一滴し。灯火で清める。最後に祝詞を捧げ祈れば、自ずと人形は動き出す――
作業を終えた稔は、額の汗を拭うとその場に座り込んだ。
ここは人形を作る作業場である。人形といってもただの人形ではない。それは死んだ人間の身体を再利用した言わば「生き人形」である。
もっとも、稔は「生き人形」という呼称を好ましく思っていない。確かに動いて話す様はまるで生きているかのようだが、その性質や存在のあり方は生きている人間とは全く違っている。稔には、とてもそれが「生きている」という状態には思えないのであった。そういうわけで、木や布で作るものと区別せず、これらも「人形」と呼んでいる。
彼はぼんやりと部屋の様子を眺めた。
ここは「人形」製作の目的のためだけにあてがわれた場所だ。作業に必要な道具は棚に整頓され、材料もきちんと場所を決めて収められている。それ以外は普段は床に遺骸を置く大きな筵が敷かれているくらいで、作業場にしては大分がらんとしている。
唯一、目を引くものがあるとすれば、部屋の奥に恭しく置かれた小さな祠くらいだろう。木組みの社の中にそこそこの大きさの石が祀られており、その胴体には幣が掛けられている。
ふと、筵に寝かされた素体を、稔はそっと撫でた。
人形の製作においては素体を作ることが肝要と捉えられがちであり、手引き書にもそうとしか取れない内容しか記されてはいないが、むしろ素体が出来上がってからが本当の始まりである。
素体が完成したら、まず人形師は故人の生前の姿を割り出す。その方法は様々で、遺体の容姿から直接見てとれる場合もあれば、骨から見た目を復元しなくてはいけない場合もある。もっともそれぞれの人形師にそれぞれの秘術があるため、その詳細は明らかではない。
また奇妙なことに、そのあたりの内容はどの手引き書からも削除されてしまっている。まるで残しておいてはいけないかのように。
そしてもちろん稔にも、誰にも語ることはない秘術がある。
男は立ち上がり祠に向かって一礼すると、何事か呟きながらそれに触れた。すると、おもむろにそれは光りだした。青白い燐光はやがて閃光となって筵に横たわる素体に降り注ぐ。
光を浴びたそれはぱきぱきと音を立て、表面がひび割れていく。乾いた真珠色の殻が破れたとき、中からそれは現れた。――男は榛色の目を細めて彼女を覗き込む。
「おかえり、お嬢さん。死に戻ってみた気分はどうだい?」
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