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梅に髑髏  作者: まめ童子
絹と光雄
13/30

其の五(終)


 「さて、紅子(べにこ)さん」


 ぼんやりと光雄(みつお)を見送っていた紅子は背後から静かに掛けられた声に、びくっと肩を震わせた。


 「残念ながら今回は僕を罰せられなかったね」


 彼女は恐る恐る振り返った。すると(みのり)は何がおかしいのか、ぷっと吹き出す。


 「そんな顔しないで。大丈夫、取って食いやしないよ」


 だが尚も強ばった顔で自分を見つめる彼女を男はしばらく困ったように見ていたが、ふと踵を返すと、屋敷の奥に吸い込まれていってしまった。

 取り残された紅子は、どうしてよいかわからずその場に立ち尽くす。


 ――このまま逃げてもいいが、だからと言って行く宛など無い。

 何より、先ほどの光雄の表情を見ていたら、稔がしていることが本当に悪いことなのかわからなくなってしまった。


 権野とその妻は生き人形というものに関わったばかりに命を落とした。光雄とその母も結局は決別した。それは紛れもなく、生き人形として権野の妻や光雄を蘇生した稔のせいだと、紅子は思っていた。

 しかしそれは、彼が言うように、もともとあった(ひず)みが決定的な出来事を機に顕在化しただけに過ぎないのだとしたら、それぞれの家族に巻き起こった悲劇については、稔に罪はないと言える。

 それでも、やはり個人の命を当人の許しも無く蘇らせるのは、殺すのと同じくらい罪深いと思う気持ちも否めない。

 だが、稔が光雄を生き人形としてこの世に呼び戻さなければ、彼は母の愛には永遠に気づかないままだった。――それはあまりに悲しいことだ。


 身動きが取れないまま紅子が独り思案に(ふけ)っていると、部屋に戻っていたはずの稔が何か少し大きい包みを手にして玄関に引き返してきた。


 「ねえ、これを見て」


 彼はそう言ってするりと風呂敷の結び目を解く。すると中から一枚の絵画が現れた。そこに描かれた人物を見て、紅子は、はっ、と息を呑んだ。


 それは今よりも少し若く、生き生きとした絹の肖像であった。


 「これは生前、光雄くんが描いたものだ。絹さんはね、光雄くんの夢に反対していながらこの絵をずっと大事に持っていたんだ。可笑しいよね、口では否定しながら、心はそうじゃないなんて」


 稔はそう言って笑うと、肖像画の表面をそっと撫でる。その様子に幾分か警戒の解けた紅子は、思わず眉根を寄せて反論する。


 「――可笑しくなどありません。我が子が苦労せずに生きていけるようにと願うのも、夢を大切にして欲しいと思うのも、どちらも変わらぬ()()()です」


 その言葉に、そうだね、と応えると、稔は静かに目を伏せた。


 「だけど、結果的に彼女の愛は息子を傷つけた。それこそ、もう関係を修復できないほどにね。それでも彼女の愛は正しかったと君は思うかい?」


 二の句が継げず、紅子は黙り込んでしまった。

 息子を思う母の気持ちは、間違いなく「愛」であった。でもその愛が、彼を傷つけてしまったなら、それは本当に「愛」と呼べるのか――。

 そこで彼女は、はたと気づいた。ああ、だから――


 「だから絹さまは、()()()()()だとおっしゃったのですね」


 稔は頷いた。そして肖像画を紅子に手渡す。


 「結局、愛なんてものは本来、一方的な思い込みに過ぎないんだよ。それが本当に『愛』であるかどうか決められるのは受け手だけなんだ」


 彼はそう言うと、再び紅子の頬に手を添えた。男の榛色の瞳が、彼女の全身を絡めとるように黒曜石の瞳を捕らえる。

 稔の視線に指先ひとつ動かせずに見つめ返すことしかできない紅子に、うっとりと微笑みかけて彼は言った。



 「僕のしていることも同じだよ――これが罪かどうか決められるのは、()()()なんだ」



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