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梅に髑髏  作者: まめ童子
絹と光雄
12/30

其の四


 紅子(べにこ)(みのり)の手を払いのけ、なけなしの力を振り絞って部屋を飛び出した。――このままここに居てはいけない。あの男と関わってはいけない。本能がそう叫んでいる。

 そして屋敷を出ようと戸を開けると、ちょうどその戸を叩こうとしていた光雄(みつお)が驚いて固まっているのに出くわした。


 「――光雄さま、どうしてここに」


 「いや、稔さんに会いに来たのですが――紅子さん、何かあったんですか」


 いえ、と言葉を濁すと紅子はどうしていいかわからず立ちすくんでしまった。

 すぐ後ろに稔が立っている気配を感じたからだ。


 「いらっしゃい光雄くん。何か用かな」


 稔は実に優しげな声で話しかける。紅子はそれに身震いしたが、光雄は何も気づかずに頷いた。


 「あのとき言えなかったので、改めてお伝えしに来たんです。――僕を生き返らせてくれてありがとうございます」


 彼はそう言って深々と頭を下げた。

 何かの聞き間違いかと紅子は大きく目を見開いた。――生き返らせてくれたと、彼は感謝を述べているというのか。


 「あのときは母の身勝手さにかっとなって飛び出していってしまいましたが、その後、考えたんです。母さんは勝手だけど、あれはあの人なりの『愛』なんだって」


 光雄は自分の言葉を噛み締めるように、その手を握りしめた。


 「僕はずっと、母に自分の夢を否定され続けていました。――僕は画家になりたかったんです。でも僕には目立った才能も、コネも金もなかった。そんな人間が絵で食べていくのは難しい。好きだという気持ちだけで飛び込んでも、絶対に食うや食わずで苦労する。誰にだってわかることです。母は、僕がそんな目に()うのが耐えられなかった。だから反対したんだと、僕にもわかっています」


 彼はふと寂しそうな笑顔を浮かべた。


 「だけど、僕が欲しかったのは心配じゃなくて、応援だったんです。どんなに苦しくても、それは僕が選んだことです。それが僕の人生です。僕は僕の決めた人生を歩みたかった。でも母はそれを許してはくれない。だから母が僕を蘇らせたとき、また僕の人生を母の好きにされたと思いました。死して尚、僕を自分の思う通りに扱おうとする母が、どうしても許せなかった」


 そこで言葉を切ってぎゅっと胸のあたりを押さえた光雄は、少し苦しそうに息をつく。

 紅子は、ますます混乱してしまった。彼はやはり母を恨んでいる。それなのに何故、稔の元を訪れてわざわざ礼を言いに来たというのか――。

 すると、彼女の困惑を察したのか、光雄は優しく微笑んだ。


 「やっぱり母のことは許せません。どんなに渇望したとしても、命の(ことわり)にまで手を出すのは、やってはいけないことだった。だからもう、二度と会うことはないでしょう。ですが、同時に感謝してもいるんです。僕に恨まれるとわかっていても、僕のために何かせずにはいられなかった母の思いは、間違いなく『愛』だとわかるから――」


 あっ、と紅子は小さく声を上げた。あの日、涙を流しながら微笑んでいた女の姿が(よぎ)る。

 ――気づいたのだ。彼の言うことは、そのまま絹が言っていたのと同じだということに。


 「あのまま死んでいたら、僕はずっと母の想いに気づけないままでした。だから稔さん、本当にありがとうございました」


 光雄は再び、深々と頭を下げた。


 「――君はこれからどうするんだい」


 「折角もらった時間です。僕はまた夢を追いかけようと思います。でもそれは、母がそう望んだからではなく、僕自身がそう望むからです。それだけは譲れません」


 稔の問いかけに、青年はそう言って悪戯(いたずら)っぽく笑ってみせた。




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