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梅に髑髏  作者: まめ童子
絹と光雄
11/30

其の三


 気丈に振る舞うも、一回り小さくなってしまったような様子の絹を見送った紅子(べにこ)は、沈鬱な面持ちで居間に戻った。そこには困ったように微笑む(みのり)が居る。


 「紅子さん、怒ってる?」


 「――怒りを通り越して、苦しいです」


 彼女は男の正面に正座し、恨めしげな目で彼を見据えた。

 言いたいことも聞きたいこともたくさんある。だがその前にひとつ、どうしても確かめないといけない。


 「――稔さまは、何故生き人形を作るのですか。こんな、こんな罪深い所業に、何故手を染めたのです」


 「言っても君には理解できないよ」


 稔はやはり困ったように笑って首を傾ける。だがその笑みとは裏腹に、発せられた声音は凍てつくように冷たく響いた。

 唐突に突きつけられた拒絶に紅子は戸惑うも、彼女は稔から目を逸らさず、怯まずに続ける。


 「貴方だってわかっているはずです。生き人形を作れば必ず(ひず)みが生まれる。だって()()()はもう、生きていた頃とは違ってしまっているのだから」


 「歪みが生まれると、何かいけないのかい?」


 相変わらず何か含みのある笑みを崩さずに稔はそう言い放った。完全に虚をつかれた紅子は絶句して固まる。男は面白そうに頬杖をついてその様子を眺めた。


 「だってさ、人間は完璧に調和した関係なんて築けやしないじゃないか。生きている人間同士だって(ひず)みを生むんだ。それが人形と人間なら尚更じゃないか。そこに(ひず)みが生まれるのはごく自然なことだと、僕は思うけどね」


 彼は目の前の女が表情を険しくするのをやはり面白そうに見つめながら続ける。


 「紅子さんは、そもそも僕が彼らを人形にしなければこんな悲劇は起きなかったと言いたいのだろうけど、僕がしたことはあくまできっかけに過ぎない。彼らの関係はもともと(ゆが)んでいたんだ。それが『人形』という要素を介して表面化しただけなんだよ」


 だから自分が悪いわけではない、と言いたげな稔の主張に紅子は唇を噛み締めた。

 ――彼の言うことには、確かに一理ある。だが、やはりどうしても納得できない。


 「――だとしても、稔さまに、他人の命を(ほしいまま)にする権利はありません」


 紅子は厳しい口調で稔にそう言った。すると、彼は顔を伏せて何やらくつくつと声をたてはじめた。そして不意に顔を上げる。


 目の前の男は、これまでにないほどぞっとするような不気味な笑みを浮かべていた。


 あまりの恐怖に紅子はひゅっ、と音を立てて息を呑む。


 「そう思うなら、紅子さん、今すぐ僕を殺してみなよ」


 紅子は思わず後ずさった。この男が怖くてたまらない。不思議なものだ。一度死んだことで「死」がどういうものか理解しているはずなのに、もはや人間であった頃とは違うのに、身体は直面している危機に相変わらず反応するのだ。

 震える女をうっとりと眺めながら、稔は立ち上がった。


 「これが罪だと言うなら、僕を殺して、償わせたらいい」


 低く冷ややかな声が紅子の耳を撫でるように響き、彼女は全身総毛立った。

 男はゆっくりと彼女の方へ足を進める。


 「だけど、権利とか罪とか、そんなのは誰かが決めた規則(ルール)でしかない。本当はやろうと思えばできないことはないんだよ。それこそ、人を殺すことだって」


 じりじりと迫る男から逃れようと、紅子は這いつくばった。しかしすぐに部屋の隅に追い込まれてしまう。 彼女は恐怖に震える瞳で、稔を仰ぎ見た。

 彼の白く、細長い腕が伸びてくる――。


 「君が言う通り、人形製作は罪深い行いなのかもしれない。だけど僕はそれをやめるつもりはない。――()()()()()()()()()()()


 そう言って、どうしてか稔は、何か愛おしいものでも見るような目で紅子を見つめると、そっとその頬を撫でた。




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