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梅に髑髏  作者: まめ童子
権野
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其の一


 鮮やかな赤が、雪原に照り映えていた。


 新雪に紅梅の花弁を隙間なく敷き詰めたような景色の真ん中に、溶け入るように横たわる女が見える。

 その肌は雪のように白い。そしてその輪郭をなぞる髪は辺りの色をぽっかりと切り取るように、黒い。


 きつく瞳を閉ざした女は祈るように指を組んだまま、微動だにせず、静かに佇んでいる。

 それはまるで、今しがた事切れた梅の精の身体が、柔らかい雪の上で綻んでいくかのようだった。


 ふと、錆びた鉄の匂いが風に乗って運ばれてくる。



――白雪を染め上げていたのは、女が流した血であった。




***




 右も左も、天地すら曖昧な暗闇の中を彼女は漂っていた。


 ただ意識だけがそこにあるかのように、五感を通して感じられるものは何もない。

 無というものが知覚できるなら、こんな感じだろうか、と彼女はぼんやりと思った。


 だがこんな状況にあっても、不思議となんの感想も浮かばなかい。

 多分私は死んだのだ、と彼女は悟った。そう思うとだんだん意識が薄れていくのを感じる。


このまま消えるのだろうか。だがそれも悪くない。どのみちもう帰る場所などありはしないのだから――


 その時、遠くに炎が揺らいでいるのが見えた。途端にその意思に関わらず、彼女の意識はそちらへと吸い寄せられていく。

 近づくとそれは、炎ではなく戸から漏れる光の筋のようなものだとわかった。


 (――温かい)


 抗いようもなくその光は彼女の意識を捕らえようと広がっていく。

 やがて視界が完全に光に包まれたかと思うと、突如、彼女の瞳は像を結んだ。


 はっ、と我に返るとそこには伏し目がちにこちらを覗き込む男の姿があった。


 「おかえり、お嬢さん」


 彼は彼女の手を取り(はしばみ)色の瞳を細めて微笑んだ。


 「死に戻ってみた気分はどうだい?」


 (死に戻る――)


 女は男の言っている言葉の意味がわからず、首を傾げた。それにしても妙に男の手が熱く感じる。火傷しそうだとさえ思う。


 彼女の訝しげな様子に頷きながら男は笑顔のまま続ける。


 「君は死んだ。僕はその遺体を修復して君の魂を呼び戻したのさ」


 死んだ、と告げられた途端、女の脳裏を、ここに至るまでに起こったことが駆け巡っていった。


 ――そうだ、私は確かに死んだはずだ。それなのになぜ。


 「私は、生きているのですか」


 女は掠れた声で絞り出した。その問いに男は困ったように目を伏せる。


 「生きてはいないよ。君の身体は死んでいて、それを修復したところに魂を呼び戻した、付喪神(つくもがみ)みたいな存在というか――」


 ほぼ先ほどと変わらない内容を繰り返すと、彼は不意にまた微笑む。行灯(あんどん)の光に照らされたその顔はなんとも不気味だった。


「いわば、生き人形ってやつだね」


 女は言葉を失った。自分の置かれている状況が(にわか)には信じられなかった。

 だが確かにあの時、自分は死んだ。それだけは間違いない。それだけは、疑いようがない事実なのだ。


 ――なぜなら、もうずっと心臓から鼓動が伝わってこないのだから。


 唇を引き結んでじっと黙り込む女を男は気まずそうに見ていたが、ふと思い立つと話し始めた。


 「名乗るのが遅れたね。僕は(みのり)。人形師だよ。といっても本業は君みたいな生き人形を作る方なんだけど、それじゃあ食べていけないから普通の人形も作ってる。それで君の名前は――」


 「私は一度死んだのでしょう。ならば名乗るべき名はありません」


 稔の言葉を遮って女はそう口にした。その言葉にそうかと唸り、彼は少し思案してからぽんと手を打つと、思いついたとばかりに破顔した。


 「それなら君は今日から紅子(べにこ)だ」


 「紅子――」


 女は与えられた名を反芻(はんすう)する。初めて聞く名は、不思議と身体に馴染むような気がした。


お読みいただきありがとうございます! まったり更新していきます。

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