三日目
目が覚めると小雨が降っていた。
細々とした話をした後、またそのまま眠ってしまったようだ。
正直、几帳で隔てているとはいえ、少将様と一緒の部屋で眠れるのか心配していたが杞憂だった。
私、案外図太いんだな。
少将様はまだ眠っているかな?
そーっと音を立てないようにして、几帳の影を少し覗くとすやすやと眠っている少将様が見えた。
こうして見ると本当に綺麗な顔をしている。スキンケアの概念すらないのに肌に染み一つないのはなぜなのか。
「女の敵だわ。」
「それは酷いな。」
思わず呟くと笑いをこらえながら少将がそう答えた。
「なっ、お、起きてたんですか?!」
「今起きたんだよ。姫君の熱い視線を感じてね。」
パチリとウインクするその姿さえ、様になっている。寝起きなのに、解せない。
納得しかねる朧を他所に、少将は格子を少し上げて外を窺っている。
「おや、雨だね。これではまだ帰れそうにないな。」
「え!」
それは困る。少将様にここに居られても、何もできないのだ。
落窪である私の世話をする人など阿漕以外にはいない。
当然、部屋に食事が運ばれてくることなどないので朝食は基本的に抜きだ。
昼頃に炊事場を尋ねて何かもらってくるか、阿漕が差し入れてくれるかしかない。
それも運が良ければで下手したら夕食すらなく過ごすこともある。
どうしようかと焦っていると、トントンと障子が叩かれた。
「失礼します。御手水と朝餉をお持ちしました。」
そう言って阿漕がスッと障子を開けた。
「やあ、君が阿漕か。いろいろと無理をしてくれたようだね。ありがとう。」
少将様がそう声を掛ける。
「いいえ。少将様には是非、姫様をお願いしたく思っておりますもの。」
「おや、それは認めてもらえたということかな。」
少将様が面白そうに笑って阿漕に返す。
「姫様を泣かさないとお約束くださるのなら、ですわ。」
そう言いながらもテキパキと膳を用意しもてなしの準備を整えてくれた。
さすが、できる女房は違う。
朧は阿漕にこっそり耳打ちした。
「ありがとう、阿漕。でも、これはどうやって?」
「帯刀の友人が来てるからと言って分けてもらったんです。姫様もお疲れでしょうし、一緒に食べてゆっくりしてくださいね。」
そう言ってウインクされる。
これは完全に勘違いされている、と思ったが何も言わずにおいた。
ごめんね、阿漕。
その後少将様は昼頃まで休んで、小雨になった頃合いで帰っていった。
夜にはまた参ります、と告げて。
切なげに見つめられて、髪に口付けていった少将様。
なんだか本当に恋人にでもなったかのようなやり取りに真っ赤になってしまう。
阿漕がいたからだろうけど、少将様の恋人の振りは様になり過ぎて心臓に悪い。
経験値の差ってことかしら。私ってば、朧気とはいえ前世の記憶もあるのに…
前世の経験値を振り返ろうとして、なんだか虚しい気持ちになったのでやめておいた。うん。これは掘り起こさない方がよさそう。
「少将様はもう姫様に虜ですね。」
どこか自慢気に阿漕が言う。
「ど、どうかしらね。」
思わず目が泳いでしまった。
「姫様の美しさなら当然のことですわ!今夜で三日目、正式にご結婚となりますし、これはもう北の方にギャフンと言わせる日も近いですわ!!」
フハハハハと不穏に笑う阿漕に何も言えずに苦笑いしてしまう。
本当に、ごめんね、阿漕。
その後はいつものように言いつけられた着物を縫って過ごした。
参拝から帰った時にでき上っていなければまた酷く怒られるだろう。
朝から降ったり止んだりを繰り返していた雨は、夕方から再び雨脚を増して、日が暮れるころには大雨となっていた。