二日目
「姫様~~!!」
朝、日が昇りきるやいなや阿漕が半泣きになりながら部屋に突入してきた。
「おはよう阿漕。」
「ひ、姫様っ!昨夜は…昨夜は本っっ当にすみませんでした!!
私が、私が帯刀の、あのアホ野郎に北の方がいない日なんて教えたからっ!」
阿漕は悔しそうに顔を歪めて今にも泣き出しそうだ。
「大丈夫よ、阿漕。あなたのせいなんて思ってないわ。それにあなたの夫君のことも、怒ってなんてないわよ。」
昨夜の少将様の夜這いに関しては少将様が全面的に悪い。
そのことを原作を読んだ私はよく知っていた。
なかなか返事を寄越さない私に焦れて、少将様が勝手に
帯刀に付いてきたのだ。
いくら乳兄弟とはいえ、主人と使用人。
帯刀には追い返すことなどできないだろう。
自分の妻に会いに行っただけなのに、少将まで付いてくるし、その事で阿漕からは叱られるしで散々だろう。
自由な少将様と勝ち気な阿漕に挟まれた帯刀は一番の苦労人かもしれない。
「ひ、姫様~~!」
阿漕が本格的に泣き出し、抱きつかれる。
普段は姉のようにしっかり者の阿漕だが、意外と心配性なのだ。
「そ、それで姫様。少将様とは……その……」
「えぇっと、そうね…………とりあえず、今夜もいらっしゃるそうよ。」
そう、結果的に私の貞操は守られた。
________
「結婚とは、どういうことでしょうか?」
少将様の言葉にしばし固まっていた私は、なんとか持ち直して尋ねる。
「なに、そう身構えないでくれ。
結婚というのは、そうだな。かりそめといえばいいだろうか。」
「かりそめ」
つまり偽装結婚ということだろうか?
「ああ。姫君の希望を叶えるには今の邸では難しくてね。調度私もそろそろ母の邸を出て、二条の邸へ移ろうと思っていたんだ。」
実家を出る、的なことか。
確かに実家雇い入れるなら雇用主は父か母になるだろう。そうなれば他家の姫を使用人にすることは断られるだろう。
「しかし二条の邸へ移ることを乳母が反対していてね。せめて結婚をしてからと、毎日これでもかと縁談を持ちかけてくるんだ。正直、まいっているよ。」
少将様はハァと悩まし気にため息をついた。
どうしてこの人は無駄に色気があるんだろう。思わずドキッとしてしまうではないか。
「そこで、姫と結婚したことにして、姫を邸に迎え入れるという名目で二条の邸に移ろうかと思うんだ。それなら乳母も納得せざるを得ないだろうし、縁談に煩わされることもなくなるだろう。姫の希望も叶えられるしね。」
なるほど。
確かに家を出ていくには結婚しました、が一番スムーズな流れだ。
私を邸に迎え入れるのは、通い婚が主流の中においては異例だが、片時も離れたくないから~など、理由はなんとでも言える。
私としても、継母が素直に私を他家に出してくれるわけがない。
そのためこっそり出ていくしかないのだが、後々噂が広がって少将様が他家の姫を拐って使用人している、なんて言われるとまずい。
それよりは結婚し拐っていった、という噂の方が少将様の評判に傷もつかないだろう。
「そういうことでしたら、わかりました。結婚をお受けしますわ。」
「ありがとう。よろしく頼むよ姫君。」
そんなわけで雇用契約と偽装結婚が相成った。
その後は少将様の乳母や、少将様の乳兄弟で阿漕の夫である帯刀の話なんかをおもしろおかしく話してくれた。
私も衣装作りのこだわりやら阿漕の話なんかをしているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
朝起きると少将が様の着物がかけられていて、仄かに橘の香りが残っていた。
_________
そんなことを思い出していると、阿漕がガバッと立ち上がった。
「今夜もって、お約束を残されましたのねっ!これは大変ですわっ!!」
阿漕はササッと部屋を見渡す。
几帳や御簾もなく、ガランとした部屋だ。床は少し落ち窪んでおり、とても姫君の部屋には見えない。
と、カタンと部屋の前で音がした。
阿漕が戸を開けて見ると、小花が添えられた薄い藤色の文が置いてあった。
「……後朝の文」
阿漕の目がキランと光った気がした。
「あ、阿漕?」
「姫様!これは逃してはいけませんわっ!
置いていかれた着物の上質さといい、こんなに速くに届けられた文といい、少将様は姫様に一目惚れしたに違いありません!」
違いあります。
「これはもう、少将様にお願いしてここから救いだして頂きましょう!」
阿漕はふんす!と気合いを入れると
「こうしてはいられません!ちょっと姫様、失礼します!!」
そう言ってバタバタとかけていった。
朧はふぅっと息を吐き出すと少将様からの文を開けてみる。
いかなれや昔思ひしほどよりは
今の間思ふことのまさるは
(なぜでしょう。逢う前にあなたを想っていた以上に、今の方がずっとあなたへの想いが強くなっています。)
流石、プレイボーイは和歌もスマートらしい。
顔が真っ赤に染まっていくのを感じながら朧は手紙を握り突っ伏した。
自分をからかって面白がっているであろう少将様が思い浮かぶ。
「どう返せっていうのよ~!」