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第一夜



お、襲われてしまう!!



(おぼろ)は人生最大のピンチを迎えていた。

なぜ、なぜ今このタイミングで思い出したのか。


もっとたくさんヒントはあったでしょうー!私のバカー--!!





(おぼろ)は中納言の娘だ。とはいえ、正妻である北の方の娘ではない。早くに母を亡くしたため父である中納言の邸に引き取られたが、継母から嫌われ(おぼろ)を娘としては扱われず、針子のような扱いを受けている。


それはまあいいのだ。

縫物は好きだし、時々食事を抜かれたり、秋なのに夏物しか着物がないくらいで飢えたり殴られたりすることはない。

この時代に飢え死にせずいられるだけでも幸せなことだ。


そう、()()()()に。


(おぼろ)には前世の記憶があった。いや、今思い出したところなので前世の記憶があることに気づいた、だろうか。


とにかく前世で(おぼろ)は女子高生だった。

普通の女子高生だったが、恋愛小説が好きでありとあらゆる恋愛ものを読み漁っていた。

その中には古典なんて分野もあり、かの有名な源氏物語からマイナー物まで読みふけった。おかげで古典の成績は非常に良かった。


そう、問題はその古典だ。

(おぼろ)のいるこの世界は、記憶にあるひとつの恋愛物古典『落窪(おちくぼ)物語』にそっくりなのだ。



そっくりってゆうか、もうそうだよね!

お父さんは中納言(ちゅうなごん)だし。

継母(おかあさん)からは落窪(おちくぼ)って呼ばれてるし。


何より…



――――――



「姫様。本当に大丈夫ですか?今夜は屋敷の人数も少ないのに。」


「大丈夫よ、阿漕(あこぎ)。恋人が来ているんでしょう?せっかく人がいなくてゆっくりできるんだもの。いつまでもお待たせしては悪いわ。早く行ってあげて。」



――――――


先ほどそんな会話をして部屋へ返した乳姉妹。

姫として扱われない中、唯一自分を「姫」と呼び世話を焼いてくれる彼女。

虐げられる落窪(おちくぼ)の君のただひとりの味方で恋のキューピットまでしてくれる世話焼きで仕事人な阿漕(あこぎ)

原作は彼女視点で語られるし、なかなか動かない落窪(おちくぼ)の君のためにたくさん奔走して恋を成就させてくれるお助けキャラだ。読んでいるときは何度「阿漕(あこぎ)ナイス!」と思ったことか。


しかし、いざ現実が落窪(おちくぼ)になるとナイスなんて言ってられない。


だって夜這いされちゃうんだよ?

初対面の!チャラ男の!少将様に!


どんなにイケメンとはいえ、恋心も何も芽生えていない相手に襲われるなんて怖すぎる。

普通に犯罪だろう。酷すぎる。


せめて今夜がその日でないことを祈りたい。


が、


部屋の隅に隠されるように置いてある手紙の束。

薄い藤色のそれは左近の少将様からのもので間違いなく…


確か何度も手紙を出したけど、落窪(おちくぼ)の君から返事がなくて、たまらず忍んで来るんだよね。



………返事、出してない。



だって本当に忙しかったのだ。

異母姉である三の君が蔵人(くろうど)の少将と結婚するから、と来る日も来る日も婚礼衣装を縫わされ。やっと終わったと思ったら、今度はその蔵人(くろうど)の少将が出仕するときの服を縫え、と次から次へと仕事を押し付けられた。

正直これで賃金も何も払われないなんて、ブラックにも程がある。

身内搾取反対!働き方改革を求めたい!


そんな現実逃避をしている間にも時は過ぎていく。

今夜は図ったかのように屋敷に人がいない。継母(おかあさま)が石山詣に行くとかで大勢引き連れていったのだ。お父様はもちろん宿直(とのい)だ。






――ガタン。



格子の上がる音がしてビクっと肩を震わせる。


ま、まさか。

風の音よ、風の音!神様お願い!風でしょう!?


半泣きになりながら神に祈るが、その願いを打ち破るかのように格子戸が押し上げられ、一人の青年が姿を現した。


「こんばんは姫君。何度もお手紙を差し上げたのにお返事がなく、たまらずこうして忍んで来てしまいました。」



――――――右近の少将様!



月を背に立つその姿に(おぼろ)は声を上げることも忘れて思わず魅入ってしまった。

涼やかでな柳眉にキリっとした目元。

スッと伸びた鼻筋と薄い唇はほのかな色気を感じさせる。

女性顔負けな程美しい顔貌だが、着物の上からでもわかるがっしりとした体格は男らしい。


落窪(おちくぼ)の君が絆されたのもわかるわ。


「姫君?」


袖で顔を隠すこともせず己を見つめる姫を不思議に思ったのか、少将が問いかけるように呼び掛けた。

その声まで低く色気がある。


―――――ッハ!

見とれている場合じゃない!

逃げる?いや、でも格子戸は少将様がふさいでいるし、大声をあげてもこの離れでは届かない!

かといって大人しくヤラレルわけには!


確か、原作の落窪(おちくぼ)の君はみすぼらしい着物で少将様にお会いしたことが恥ずかしくてずっと泣いていた。


確かにこんなイケメンに対して、ボロキレのような恰好でいる自分はひどく惨めだろう。

しかし貞操の危機を前に、なにをそんなこと!

いきなりやってくるのが悪いし、なにより気にするところが違う!!

そうよ!落窪(おちくぼ)の君の一番の問題は―――――――



涙など一滴も出てこなそうなことを確信した(おぼろ)はゆっくり少将に向き合いスッと頭を下げた。


「姫君?なにを――」


「左近の少将、道頼(みちより)様でございますね。」


「あ、ああ。」


「このような夜分にお尋ねいただき恐縮でございますわ。お手紙を頂きましたのに、お返事できずにいたこと、お詫び申し上げます。」


「いや、そのような――」


「しかし、こうして訪れていただいたのもご縁です。少将様にはぜひ、お願いしたいことがございます。」


「ほう。…………姫君からのお願いごととは。ぜひ聞かせてもらいたいね。」


私の反応が予想外だったのだろう。少し戸惑いを見せていた少将様は私の言葉を聞くと興味深そうに両目を細めた。

その反応を注意深く見ながら(おぼろ)は思い切って口にした。



(わたくし)を針子として雇っていただけないでしょうか?」


今日の夜這いを阻止し、かつこのブラックな職場環境から抜け出す、そのための転職活動(うりこみ)を。



そもそも落窪(おちくぼ)物語は劣悪な環境から少将様が救い出してくれるというシンデレラストーリーだ。

二人の恋が始まるキッカケが今夜の夜這いなのだ。

しかし、劣悪な環境から出る方法なら恋以外にもあるはずだ。そもそも寵愛に縋って生活するなど不安定で仕方ない。


ブラックな職場が嫌なら転職すればいいのよ!


幸いこの時代、着るものはすべて手縫いのオーダーメイドだ。腕のいい針子の需要は高い。


「針子として、というのは?」


少将は秀麗な美貌は薄く笑みを浮かべてい聞いた。


「言葉のとおりでございます。あちらの直衣(のうし)をご覧くださいませ。(わたくし)が縫い上げている最中の物でございます。」


そう言って(おぼろ)は部屋の端に掛けてあった衣を指差した。調度昼間に、継母から依頼された蔵人(くろうど)の少将の衣装を作っていたのだ。


「これは………見事な出来だね。縫い目も美しく丁寧で、襟もよれたり引きつれているところが一つもない。」


示された直衣(のうし)をじっくり見た少将はそう評価した。手縫いでの縫製技術しかないこの時代は正確な型紙や様々な縫い方があるわけではない。各々の経験に頼るところが大きいため着物の出来映えにも大きな差が出る。

そして美しい着物を着ていることは貴族達のステータスだ。それだけの職人を雇える財力と人を見る目があることを示す。


「ありがとうございます。直衣(のうし)以外にも、(ひとえ)から打掛(うちかけ)(はかま)まで何でも作れます。」


(おぼろ)は凝り性な正確なのだ。前世の知識を思い出す前から美しい縫い方や裁ち方を研究していたし、継母からはそれこそ男物から婚礼衣装まで様々な物を縫うように言われた為めきめきと腕をあげた。


「それはすごいな。しかし……なぜ姫君が針子を?」


少将が不思議そうに問いかけた。

それもそのはず。

針子は本来、水炊き女などと同じく庶民の使用人が行うものである。

この時代、貴族の姫君は基本的に働くなどしないし、したとしても阿漕(あこぎ)のように女官として仕えるのが普通だ。


「それは……」


(おぼろ)の境遇などはいわば中納言(ちゅうなごん)家の恥といえるものである。

しかし隠しても仕方ない。

経歴を聞かれる面接のようなものよ!

(おぼろ)は簡単に自分の境遇を説明した。



------


「なるほど。早くに母君を亡くし、引き取られたこの邸では継母に虐げられている、と。…………しかし、そのような境遇であれば普通、誰ぞと縁を結ぶことを考えるのでは?」


「確かにその通りですわ。しかし、ご説明したとおり(わたくし)の現状では婿様をお世話することなど到底叶いません。継母(おかあさま)も、ご自分の娘の婿殿で手一杯とおっしゃるでしょう。」


この時代の結婚は通い婚だ。結婚してもすぐに一緒には住まず、婿が娘の所へ通い、娘の親がその婿殿の世話をする。婿殿は何人と結婚しても良いため、若いうちはそうして世話をしてもらう所をいくつか作りながら仕事をし、立派に出世した後は気に入った奥方を自分の屋敷に住まわせるようになるのだ。


「しかし、姫君も娘の一人だろう?それに母君は皇室(おかみ)にも連なる尊い血筋だ。」


「数にも入らぬ身ですわ。それに……」


「それに?」


「………(わたくし)は自分の力で生きたいのです。生意気と思われるかもしれませんが、殿方に頼るのではなく、人生を自分で選びたいのです。そのためなら、身分を捨てることも厭いませんわ。」


(おぼろ)は俯きそうにる顔を上げて言いきった。

正直、これを言うかはとても迷ったのだ。この時代ではあり得ない考え方だし、女が生意気だと思われるかもしれない。

それでも、(おぼろ)の正直な本音だった。前世を思い出したことは大きいが、その前からなんとなく思ってきたことだ。自分の力で生きていけたら、と。



部屋に沈黙が落ちる。

少将は一瞬驚いた顔をした後、考え込むように視線を落としている。


御簾も几帳もない部屋だ。

少将と(おぼろ)の間にあるのは蝋燭の揺れる燭台だけで、相手の顔を照らし出すことはしても隠してはくれない。


本来人前に顔をさらすことを良しとしないこの文化において、自分は随分と変わった不躾な姫にみえることだろう。

それでもこの少将の返事いかんで(おぼろ)の人生が決まってしまうのだ。


じっと見つめていると少将が顔を上げ、少し困ったように微笑んだ。


「そんなに熱心に見つめられると穴があいてしまいそうだね。」


「す、すみません。」


美貌の少将の微笑みにドキッと心臓が跳ねた。熱の上がる頬を隠すため(おぼろ)が慌てて俯くと、ふっと忍び笑いを溢した音がした。


「いいよ。」


「え?」


「これだけの腕があるのだ。私のもとに来るなら歓迎しよう。」


「ほ、本当ですかっ?!」


思わず顔を上げて大声を出してしまう。


「もちろん。」


「ありがとうございます!」


正直、ダメ元だったのだ。生意気と思われ夜這いを止めてくれたらいい、くらいだったのに。

思わぬ幸運に笑みがこぼれる。ホワイトな職場に転職だ!


「ただ……そのためには姫君にひとつ協力してほしいのだけど。」


「協力?」


(おぼろ)は首をかしげた。

なんだろう。


「ええ。姫君、私と結婚して頂けますか?」


はて?

聞き間違いだろうか?


「けっこん?」


「はい。結婚。」


――――――――はぃぃぃぃぃぃ????




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