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08.ゴキブリ雷夜《らいや》とミスター低低《て-て-》-3

 入学後半年ほどが過ぎ、基礎以外の授業では、雷夜の姿をたまに見かけるようになった。


 この授業をあいつも取ってるのか、と思ってもそれから二度と来なかったり、そうかと思ったらいたり、とよくわからなかったが、ともかく学校には来ているのだな、と砂映は少し安心した。


 テスト期間になると、あらゆる授業で遅刻で現れて、時間前に退出することを繰り返していた。


「魔力は強いけど身体が弱いとか、何かあるんかな」


 テスト後にふと話題にすると、まわりにいた友人の一人が「あいつ有名だよ」と言った。


「特別に、時間がかぶってる授業もかけもちで受講してるんだって。短期間で単位たくさんとるために」


「ふうん。魔道士にでもなるとか?」

 何気なく砂映は言った。完全に冗談のつもりだったけれど、

「そうかも」

 別の友人が言った。


「あいつの違和感、最初は何でかよくわからなかったけど、俺も魔精感度訓練とか受けて、やっとわかってきた。強烈すぎるんだ」


 皆、雷夜という存在を意識していたことを、砂映はその時初めて知った。雷夜の魔力というのは、それだけ強くて特異なものらしい。


「黒い・・・・・・タールとか黒煙みたいな感じ。呑み込まれそうな」

「そうそう。気を張らないと取り込まれそうな嫌な感じ」

「とにかく近くにいると落ち着かない。ぞわってなる」


 友人たちはおそらく悪口を言っているつもりではなく、ただ最近授業でやった魔精感度を向上させる訓練方法のひとつ、他人の魔力や魔法への感覚を言語化する、というのを実践していただけだった。


 ちなみに砂映はこの授業が大変辛かった。・・・・・・何も感じられないのに、言語化ができるわけがない。


「俺にはわからん・・・・・・」

 砂映はへこんだ。その一方で、雷夜には同情した。

(本人にはどうしようもないことで嫌われるのは、つらかろうな)



 けれどおそらく砂映の心配とは裏腹に、雷夜本人は露ほども気にしていなかったにちがいなかった。


 年次が上がるにつれて専門的な実習などが増え、それとともに雷夜が授業に姿を現す頻度も増えた。


 砂映が受講していた白魔術系の授業ではそつなくこなしている印象しかなかったが、黒魔術系や精霊魔術系の授業ではいろいろあったようで、砂映はさまざまなエピソードを耳にした。


 魔獣医実習の授業で、先生が教えたのと違うやり方で、しかも先生より早く魔獣を蘇生させたので、先生が怒り出した、とか。


 四大精霊の炎の授業で、他の生徒が出した炎にいきなり手を突っ込んだ、とか。


 闇操作の実験中に先生の言いつけを無視したので危うく闇に呑まれかけていたが、反省の色を一切見せなかった、とか。


 そんな頃に、

「いや、ほんとにあいつ、ゴキブリみたいだよな」

 そう言ったのは、黒魔術戦闘員志望の生徒の一人だった。


 魔術戦闘実習の授業で、何かあったらしい。


「魔術には秘術なし」という建前があるものの、やはり実際にはなるべく広められたくないという意識も根強く、特に黒魔術に関しては、その本音部分も学校内では公然のものだった。

 黒魔術の授業で行われた内容は、受講していない者にあまり口外してはいけないものとされていた。


 だからその詳細を砂映は聞くことができなかった。


 ただ、同じ魔術戦闘の授業を受けていた者たちは、「ゴキブリみたい」という言葉に妙に共感して、「ほんとそれ」と頷きあっていた。


 砂映はすぐに怜迦先生のことを思い出したが、その黒魔術の授業は怜迦先生のものではなかった。


 けれどとにかくその呼び名は、その黒魔術の授業を受けていなかった者たちにも広まって、四年次の頃には、雷夜は「ゴキブリ」を頭につけて呼ばれていた。


「ゴキブリ雷夜が魔道士試験受かったって!」

 学校で、だから砂映はそのニュースもそんな風に聞いた。


 魔道士免許試験は、その受験資格を得ること自体難易度が高いが、その資格を得ても合格するのはさらにほんの一握りだ。魔術学校に新規入学した十代の生徒が、最短の四年で通る――魔道士として協会に認められる、そんなことはほぼありえない。


(本物だったんだ。本当に凄かったんだな、あいつ)

 砂映は素直に感心した。


 砂映自身はその頃、受験した魔術資格試験のすべてで不合格通知を受けていた。魔法薬師資格試験。魔草取扱検定。それらは元々難しいと思っていた。けれど、合格率八十パーセント前後の解呪検定も、受験さえすればほぼ落ちないと言われる魔術言語検定も、駄目だった。


(持って生まれたものが、違いすぎるんだ)


 子どもの頃から何とはなしに、「魔法」というものに憧れを抱いていた。

 だから魔術学校に入学できた時は、本当に嬉しかった。


 入学して、自分が他の生徒に比べてひどく劣っていると知って――それでもその分人よりもがんばれば、何とかなるのではと思っていた。理解は遅いけれど、学ぶことは楽しかった。できなかったことができるようになれば感動した。親に頭を下げて、あと一年がんばれば、もしかしたら資格試験に通って、免許もとれて、魔術関係の仕事でプロになれるかもしれない。そんな風に思っていた。思おうとしていた。けれど。


(人には向き不向きがある)

 ふいにそう思った。

 なのにどうして執着してしまったのだろう。


(雷夜の十分の一でいいから、いや百分の一でもいいから・・・・・・才能があればよかったのに)


 何だか急に、自分がとてつもなく愚かなことをして来たように思えてきた。まるで向いていないのに四年間も魔術学校に通ったりして。さらにもう一年なんて、一体何を考えていたのか。


 その時に砂映は、留年ではなく退学することを決めたのだった。


 何の行事か説明会だったのか覚えていないが、その時も、大きな教室で、砂映は数人の友人たちとともに座っていた。


 雷夜の魔道士免許取得はその日一番の話題だったのに、なぜか当の雷夜本人のまわりは、あの入学後のオリエンテーションの時のようにぽっかりと空いていた。


 砂映は立ち上がって、「おめでとう」と声をかけにいこうか迷った。


 けれど結局行かなかった。


 その後程なく砂映は学校をやめて、卒業式にも出なかったから、雷夜にも二度と会うことはなかった。


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