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05.明輝良《あきら》少年-2

少年は鼻歌を歌いながら、「お手洗い借りるね」と言い残してふいっと奥へと入っていった。

砂映はその姿を見送ると思わず大きく息を吐く。

ふと見ると、父親はまだ険しい顔をしていた。砂映の視線に気がつくと、男は低い声で言った。


「先程の話ですが、間違いないんですよね先生」

「というと」

「魔術学校で変身を教えることはない、と」

「はい、それは」

 もしかして、この父親は上の息子が芋虫になったのは下の息子の仕業かもしれないと思っていたのだろうか。


 魔法や魔術に理解のない親が、子どもの魔術学校進学に反対したり入学した子を怖れたりという例は確かにないこともない。

今は石電や魔術を組み込んだ家電製品などがかなり普及したので、かつてよりははるかに理解を得られやすくなっていると聞くが。


(けど、魔法に偏見のある人という感じでもないのに)


 思春期の息子と父親の間では、まあいろいろあるのが普通だろうけれど。

 砂映がそんな風に考え込んでいると、


「失礼な息子で申し訳ないです、先生」男が言った。


「えっ。いえいえ、全部そのとおりというか」

 砂映は慌てて手を振りながら答えた。

「こちらこそ、何というか・・・・・・申し訳ないと思っています。せっかく来ていただいたのに、自分が力不足なばかりに」


「そんなことないですよ。そんなことないです」

男は力を込めるようにして言った。


息子が芋虫にされたという大変な状況のお客さんに、気を遣わせている。

砂映はそれに気がついて、余計に申し訳ない気持になった。


例えばもう少し自分の魔精感度が高ければ、せめてこの芋虫を視て、現状よりは「わかること」が多いはずだ。

そうすればもっと早く対応もできる。こんな風に時間を無駄にしたりせずに。


(それにしても途季さん、遅すぎないか)


 砂映がそう思ったちょうどその時、カランカラン、とドアの鐘が鳴った。

現れたのは、今度こそ途季老人だった。


「遅くなってすまんな」

 言いながら、砂映が差し示すまでもなくまっすぐにカウンターの上の瓶のところに向かい中を覗き込む。

魔精感度の優れた者には、明確に視えているものがあるのだろう。

深い皺の刻まれた顔でじっと芋虫を凝視する老人を、砂映と男はただ無言で見守っていた。が、


「あの子はなんじゃ」

 芋虫に目を向けたまま老人は言った。


「あの子って」

 と砂映は問い返しながらも、まだお手洗いから戻っていない少年のこと以外はないか、とすぐに思い当たる。


「あ、息子です。その、芋虫になった息子の弟です」

 男が答えた。


「えらく・・・変わった魔力を持っているな」老人は言った。

「そう、なんですか?」

 男はよくわからないという表情で砂映の顔を見た。

 魔精感度の低い砂映には感じ取れない何かを、老人は感じ取っているらしい。


「魔術をやっとるのか?」

「今年から魔術学校に入りました」

「ふうむ」

 話していると少年が戻ってきた。


「坊主、ちょっとこっちに来てもらえるか」

 老人は芋虫から目を離さずに言った。

「坊主じゃないよ、明輝良だよ」

 言いながらも、少年は素直に老人の傍に寄る。

きらきらした目を興味深そうに老人に向けているのは、老人の「凄さ」を感じ取っているからかもしれない。わずかに緊張さえしている様子で、砂映に向けた態度とはあからさまに違う。


「ちょっとここに手をかざしてもらえるか」

「うん?」

 少年はニコニコしたままで、老人に言われるままに芋虫の瓶の上に手をかざした。


 老人は瓶の中を凝視している。


 砂映はぎくりとした。

(まさか)


途季老人には、術者と「術の成果物」の間にうっすらと「つながり」のようなものが見える。

そのことを、砂映は途季老人本人から聞かされたことがあった。

魔精感度の特に高い者の一部には、そういった能力があるらしい。


感覚的なものであるしあまり絶対視してもいけないとのことだったが、そう言われて見ると砂映にも思い当たることがあった。

魔術学校にいた頃、護符を並べて誰が作った物か当てるゲームをしていたら、一人だけほとんど正解の子がいた。

その子もみんなに言っていたのだ。「護符に手をかざしてみて」と。


(途季さんも、明輝良くんが兄を芋虫に変えた犯人だと疑ってる?)


 老人はあくまでも静かな表情で、じっと瓶の中を見ていた。

 しばらくして、

「ん。もういいぞ。ありがとう」

 老人は少年に告げた。


「何だったの?」

「何でもない」

「何でもなくないでしょ。教えてよ」

「坊主は知らんでいい」

「なにそれ」


 ぷっとむくれる少年の横で、途季老人は顔を上げた。

 思わず息を張り詰めて老人の様子を窺っていた砂映の視線に気づいたらしい、

「ああ、砂映。違う。おそらくこの子ではない」

 砂映の懸念を察して老人は言った。


「ちょっとあれから進展があってな」

 老人は続けて言った。

「あれからって・・・・・・電話の後で?」

「うむ。遅くなってすまなんだ」


 言いながら、老人は客の男にカウンター脇に置いてある椅子を勧め、自身も傍の椅子をたぐり寄せて腰を下ろした。

 自分も座りたいという顔をしている少年に気づいて、砂映はもう一つあるスツールを奥から運んで少年の前に置く。


「ありがと」

 少年はにこにこして砂映に礼を言い、ぴょこんと腰かけた。

(ほら、お礼も言えるいい子じゃないか)

 砂映は自分に言い聞かせる。


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