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03.へっぽこ薬師 砂映《さえい》-3

「お待たせしてすみません」

 気持を整えて、砂映は表に戻った。

「もう少ししたら店主が来ますので」


「その人なら治せるんですね?」

 顔をほころばせた男を見て、砂映は胸が痛んだ。


「あの、申し上げにくいのですが」と砂映は重い口を開く。

「え?」と男。


「そのう、変身、というのはですね。魔法でもあまり普通のことではないのです」砂映は言った。

 芋虫を持ってきた男は、感情が表に出やすかった。

 一気に曇ったその顔を見て、砂映は申し訳ない気持でいっぱいになった。

 しかし誠意を持って真実を伝えるのも、医療従事者の大切な仕事である。


 砂映は説明を始めた。


「いわゆる『人体変異』が起こった場合、いろいろな可能性が考えられます。大抵は魔物によるものか、魔法疾患です。『皮膚の一部が芋虫みたいになった』とか『動きが芋虫みたいになった』とかなら、事例はたくさんあります。その大半は、魔術医療の範疇です。でも、『芋虫みたい』になるのではなく・・・・・・中身の状態は分かりませんが、見た目がまるきり『芋虫』、別の生き物に『変身』するというのは」


「そんなことはありえないと仰るんですか?」

「ありえない、ということはないです」

「そうですよね、だって現にここに」

「はい。人間が、はっきりと、誰かの目の前で、『別の生き物』になった。そんなこと、自然発生的な魔法ではありえない」


「つまりどういうことですか?」

「その、人為的な魔法だということです。誰かが意図的にかけた」

「誰かって・・・・・・」


「おそらく、『魔女』です」


「魔女?」

「魔術に『変身』はありません。おそらく黒魔法で」


「すみません。私は魔法には疎くて。まず、黒魔法って何ですか?魔法と魔術というのは違うんですか?」


「ええと、『魔女』が使うものや自然のもの、その現象そのものを指すのが『魔法』で、魔術学校で教わるのが魔法技術、つまり『魔術』です。厳密に区別できない部分もあるんですが」


 この辺りの定義について魔術関係の人間で話題にすると、それぞれに持論があったりして大変面倒なことになる。特に古い世代の魔術関係者は、使い分けに独自のこだわりを持っていたりする。


「『黒魔法』というのは、負の感情を利用するとされる、魔法の一種です。『魔女』が使う・・・・・・今から百年とか百五十年とか前の話ですが、『魔女狩り』があったというのはご存知ですか?」


「歴史の授業でちらっと聞いた覚えはありますが、詳しくは」


「地域にもよるんですが、『魔法を使う人間』がひどく迫害された時期があったんです。『黒魔法』のために『魔女』が酷いことをした事件がいくつかあって、それらがきっかけで『魔法』そのものが恐怖の対象となり、『魔法を使う人間』がみんな悪いことをしているようなイメージになりました。

で、当時の『魔法を使う人間』が『魔女』と自分たちを区別するために、自分たちが使っているのは『魔術』だ、と言うようになって。その人たちが今の魔術協会を作って、全国に魔術学校を設立したんです」


 魔法に関わる資格も法律も、それ以前はあまり整っていなかったらしい。

 地域差や個人の好みなどで、皆がそれぞれ「魔女」「魔法使い」「魔術使い」「魔法師」「魔術師」「魔道士」などと勝手に名乗っていた。「結界師」「炎使い」「黒魔術師」「白魔術師」「浄化師」など、一部の知識や技能に特化した呼称もあり、中には組合等が作られているものもあったが、魔法関係職全体の大規模な組織というものはなかった。けれど魔女狩りの流行という魔法を使う者全体の危機に、何人かの有力者が声を上げた。大急ぎで法が整備され、管理網が敷かれ、技能は分類され体系化された。職業名は整理されて資格と免許が定められ、そして宣言がなされた。


「魔術」は、「魔法」を人間にとって有用なものとする「技術」である。魔術協会はこれを管理する。

「魔術」は、才能と意欲のあるあらゆる者が学び、活用すべきものだ。魔術学校はこれを行う。

 あらゆる「魔術を使う者」は、人間の幸福のために活動する。


「自分たちは悪くない、悪いのは『魔女』だけだ、と言って、魔女狩り対象の『魔女』とそれ以外の魔法使いの間に線を引いたんです。あ、『魔女』といっても女性だけじゃなくて、男性もいるんですが」


「魔女狩り」から免れるため、ほとんどの「魔法を使う者」は協会に協力した。そのことで、「魔術」に「秘術」はなくなった、とされている。


 魔術協会の管理外の「人為的な魔法」が使われたとしたら、それはおそらく協会に協力せずに独自でその魔法を継承した血筋や組織の者。何か後ろ暗いことがあるために協会への所属を避けた「魔女」ということだ。


「で、話を戻すと、魔術学校では『変身』に関わる技術は一切教えることはありません。多少研究がされた時期もあったみたいですが、危険なので現在は禁止されています。関係する術をちょっとでも試そうものなら即お縄です」


「そんなに危険なものなんですか?」


「そりゃ、うまくできるなら夢みたいだと思いますよ。鳥に変身して空を飛べたりしたら楽しそうだし。でも実際は、不完全な変身だったり元にうまく戻れなかったり・・・・・・」


 男は不安げに芋虫に目をやった。「ということは」


「いや、見る限り、この変身は完璧ですよ。上手な魔法だから、だから大丈夫ですよきっと」

 砂映は慌ててフォローするように言った。

 フォローになっているのかわからないが。


「とにかく、『変身』が起こったら、それはたぶん『魔女』の仕業なんです。実際『魔女』と呼ばれた人たちは『変身』の術が得意だったという話が多々あって」


 魔術学校では、とにかく「魔女」は厄介で、魔女が絡んでいそうな事案があった場合は即協会に通報するように言われている。それぐらい危険な存在という認識だ。けれど世間一般の人にはそのような認識はあまりない。


 途季さんが視て、やはり間違いなく「人が芋虫に変身した」ものであるならば、協会に連絡して適切な人間、おそらく魔道士か魔術士を紹介してもらうことになるだろう。


 魔法をかけた魔女を見つけ出して捕らえ、魔法を解除させる。

 もしくはかかっている魔法の仕組を解明して、人間の姿に戻す。


 そのどちらも、途方もなく難しいことではないかと砂映には思える。もちろんその道の専門家たちに任せるのだから、望みはきっとあるのだろうけれど。


(それにしても遅いな、途季さん)

 砂映がちらりと時計を見上げたその時に、カランカラン、と店の扉の鈴が鳴った。


 途季老人が来たのだと思ったが、違った。


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