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02.へっぽこ薬師 砂映《さえい》-2

 それはある日の昼下がりのことで、店にお客はいなかった。


 砂映はカウンターの奥の台で、ゴリゴリとすり鉢の中の魔草を潰していた。

 と、突然店の扉にくくりつけられた鈴がけたたましい音をたてた。


「せせせ先生っ!」


 飛び込んできたのは、五十台前後と思しき男だった。ひどく痩せている。顔も体型も長細いという印象だが眉と目元は妙にくっきりとしており、平常なら粋な中年といった感じである。しかし今は取り繕う余裕もないほどに動転しているらしい。大人の休日感のある高級そうな上着がずくずくに着崩れているのは、大慌てで走ってきたせいだけではないようだ。


「息子が芋虫にっ!」濃い眉を八の字にして男は叫んだ。


「芋虫に?」


「芋虫にっ・・・・・・っ」


 息を切らせながら顔を歪めている男に、とりあえず砂映は試飲用の紙コップにいれた茶を差し出した。骨張った指でそれを掴むと男はゴクゴクとそれを飲み干し、タン、とカウンターの上にコップを置いて叫んだ。


「息子が、芋虫になったんですっ!」


 砂映は一瞬ぽかんとした。それからすぐに、動揺を悟られてはいけないと思ってとりあえず口を閉じた。


「戻せますよね?薬ありますよねっ?」


 男は甲高い声で訴える。砂映は訊ねた。


「芋虫()()()()なった、ということですか?その、芋虫みたいな動きをし始めたとか」


「いえ。芋虫です。芋虫そのものに、変身したんです。突然」


 砂映は再び口をぽかんと開け、閉じた。


 それはたぶん薬で手に負えるものではない。それどころか、たぶん通常の魔術医療で対処できるものではない。


「・・・・・・それでその、息子さんは今どこに?」


「ここに持ってきましたっ!」


 男は上着の胸元に手を入れた。取り出したのはジャムの空き瓶らしきものだった。蓋はしておらず、かわりにラップがかぶせられて空気穴が開けられている。


 カウンターに置かれたそれを、砂映は覗き込んだ。


 柔らかそうな布をくしゃくしゃにしたものが瓶の中に詰められている。そのひだでうごめいている、大人の親指ほどの大きさの一匹の茶色い芋虫。どこからどう見ても、見た目はただの芋虫である。


 砂映は訊ねた。「すみませんが、この芋虫がどうして息子さんだとわかったんです?」


「わかるもなにも。目の前で芋虫になったんです」


「目の前で?」


「ええ、目の前でポン、と」


「目の前でポン」


 それはさぞや驚いたことだろう。


 砂映はラップの上から手をかざしてみた。


 魔力らしきものは感じる。


 「見た目通りの普通の芋虫」とは異質なものである感じは確かにある。けれど砂映ごときの魔精感度では、それが「元人間」であるかどうか確証は持てない。


 再び横から覗き込んでみる。見た目はまったくの芋虫だし、瓶の外側の世界に対して何か反応しているような様子もない。


 うーん。小さく砂映はうなった。これは大変なことだ、と思っていた。


 けれども男は言った。


「先生、落ち着いてらっしゃる」


「そんなことは、ないです」


「いや、動転してお恥ずかしい。こんなのはきっとよくあることなんでしょうね」


 いいえ、よくあることではありません。


 そのことを、どう伝えたらなるべくこの人にショックを与えずに済むだろう。


「・・・・・・とりあえず、少しお待ちいただけますか?」


 砂映はそう言い残すと、店の奥に一度退いた。


 事務所代わりの畳部屋。そこに置いた自分の鞄から石板型電話を取り出すと、店主の途季老人に電話をかけて、ひととおり説明をする。


「その男の勘違いではないのか?あるいは幻覚、幻術の類か」と老人。


「私では判断がつかなくて」


 砂映がそう言うと、老人は「すぐ行くから待っておれ」と言ってくれた。少しだけ、砂映は安心する。


「しかし、もし本当に人間が芋虫になったのだとしたら・・・・・・」


 電話を切る前に、けれど老人は言った。


 砂映も抱いた不安。


 魔術関係者であるならば、「変身」と聞いてまっさきに思い浮かぶこと。


「もしも本当に人間が芋虫になったなら、おそらく『魔女』が絡んでるんじゃろうな・・・・・・」

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