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01.へっぽこ薬師 砂映《さえい》-1

「ありがとねえ。先生のおかげで夜中に咳き込まなくなったし、くしゃみなんかしても琥珀がこぼれなくなったわあ」

 カウンターで向かい合った老女の言葉に、


「それはよかったです」

 砂映(さえい)はにこりと応えながら魔法薬の入った包みを手渡す。


 こじんまりとした魔法薬店で、砂映(さえい)はその日も「信頼される薬師」らしく働いていた。


 砂映さえい・K。三十半ば過ぎ。ひょろりと背が高く、色素の薄い髪を後ろで一つにくくっている。彫の深い鼻筋の通った顔つきで、やや垂れ目だが、よく見ると男前の部類だ。いかにも白魔術系職然としたクラシカルな法衣をはおった様子は、精悍さより柔和さが勝る。優しくて落ち着いた若先生。それが店における砂映の印象だった。


 しかし。


(先生、と呼ばれるのは苦手だ・・・・・・)

 客が去ると、砂映は思わずカウンターの陰で床にしゃがみこんでため息をついた。


 砂映が魔術学校を卒業したのは、実はほんの半年前である。魔法薬師としてこの店で働くようになって、まだ数か月。


 カウンターの奥の棚に所狭しと並んだ小瓶には、さまざまな色や濃度の液体が入っている。透明のケースには、青々とした葉の生きた魔精植物や、いわゆる魔獣と呼ばれる魔精動物の羽根や爪。鉱物の類は箱に、粉末化したものは紙の袋に小分けして置かれている。そのまま渡してよいもの。魔術による加工を施したうえで渡す必要のあるもの。精製が必要な原材料として置いてあるもの。それらの扱いについては一通り覚えた。


 けれどお客たちの相談は一筋縄ではいかない。


 朝起きると、手にぽっかりとドーナツみたいな穴が開いていた。

 喉から砂が出て咳き込む。くしゃみをすると耳から琥珀のようなものがこぼれ出る。

 魔法のことはよく知らないが、疲れがとれる薬が欲しい。

 小学生の妹が急におっさんみたいな声で喋り出した。

 久しぶりに炎の術を試してみたら、火傷をした。

 精霊召喚用の星涙石は置いているか。青ではなく緑のがほしい。

 魔物っぽい虫に噛まれた。種類はよくわからない。

 七か月の赤ちゃんが、最近宙に浮かぶようになって困っている。 

 ――などなど。


 店に一人で立つようになったばかりの頃、砂映はずっとおろおろしていた。


 即答できないことを問われるととりあえずいったん奥に逃げ込み、石板型電話機能付携帯用魔法情報端末、通称「石電せきでん」でコソコソ検索をかけた。


 それでわからなければ、店主の途季とき老人に電話をした。

 老人は「のんびりしたいんじゃけどなあ」と言いつつも、店から徒歩五分ぐらいのところに住んでいるので必要ならいつもすぐに来てくれた。

 呼んだことを注意されたことはない。


 しかしある日言われた。


「なあ砂映くん。そんな風に自信がなさそうじゃと、お客も不安になる」


 確かにそうだった。


 学校で学んだ知識で充分対応可能な薬の説明をしている時でも、相手がずっと浮かない顔だったことや、なかなか納得してくれないことがあった。


 砂映は魔術学校を一度中退した後、就職して営業の仕事をしていた。話し手の物腰や雰囲気によって相手の受け取り方ががらりと変わることは、いやというほど知っていた。


 いくら卒業したての新人であろうとも、お客にとっては砂映は立派な専門家。「安心感」を与えることも、薬屋の仕事の一つである。


 これは何とかしなければ、と砂映は思った。


 そこで砂映は次の日、まず身なりを変えることから始めた。


 それまでは、普通のシャツやトレーナーの上にエプロンを付け胸元に名札をつけているだけだったが、白魔術系職、その中でも医療系職のイメージが強い白色で十字マークの入ったかなり正統派デザインの聖法衣をはおるようにした。


 そうしてできるだけ落ち着いて、安心感を与える話し方を心がけるようにした。


 なじみ客の老女はそんな砂映の姿を見て、「映画に出てくる魔術医師みたいやわあ!」と砂映を絶賛した。


 砂映は正直なところ恥ずかしくてたまらなかったが、何人かのお客にも、途季老人にも「よい」と言われたので、やめるわけにはいかなくなった。


 それから数週間。

 効果はあった。ありすぎた。


 お客から妙に慕われるようになったし、信頼されるようになった。


「さすが先生」「先生がいれば安心」「困った時は先生が頼り」そんな風に言われることもあった。


 砂映は内心、冷や汗をかいていた。


(そんなに信頼されても困る)


 どんな業界でもそういうものだが、一般の人は魔法や魔術についてあまり厳密な知識を持っていない。魔法薬師の専門範囲、魔術医師の専門範囲、もっと言えば魔術医療の範疇・魔術の範疇というものについて、ほとんどの人は意識すらしていない。とにかく助けてくれとやって来る。


 加えて、そうは言っても商店街の隅でひっそりとやっている魔法薬店だからそんな大層な依頼などは来ないだろう、と思っていたら、どうやら店主の途季老人は前職の魔術医師としてはかなり有名な人だったらしい。つい先日、魔術看護師がかなり厄介な症状をわずらった人を連れてやって来た。もちろんすぐに老人を呼んだが、「君は途季さんの後継者なんだね」などと明らかに有能そうな魔術医療従事者に言われた時には、砂映はその場から逃げ出したくなった。


 自分はどうも、場違いなところにいるのではないか。


(お情けで免許もらった落ちこぼれなんです。すんませんけど)


 一度目に魔術学校に入り、四年通って二十二歳の時。

 砂映は卒業ができなかった。


 魔術学校は、魔術関係の資格を何か一つ以上取得することが卒業要件の一つである。しかし砂映は全滅だった。すべて落ちた。


 魔精力ませいりょく、通称魔力は誰でも多かれ少なかれ持っているものだが、その強さや特性、感度などは人によって大きく異なる。魔術学校に入学できたということは砂映にも最低限の適性はあったはずだけれど、その能力は他の入学者に比べると段違いに劣ったものだった。まず元々の魔力の量が圧倒的に少ないので、実技がほとんど人並にできない。その分座学に力を入れたが、魔精感度が低いということは、すなわち他の者が「感覚的に」理解できることをなかなか理解できないということで――こちらも大いに苦労した。むしろ入学試験で落とされていればこんなに苦しまずに済んだのに、と学校関係者を恨んだりもしつつ、結局砂映は自分が魔術関係の道には向いていないのだと痛感して、留年ではなく中退の道を選んだ。


 そうして魔術とはまったく無関係の業界で、何とか営業の仕事に就いた。


 たぶん、その仕事の適性はあった。


 けれどいろいろあってその会社が倒産し、そのまま関係会社の社員となるかまったく別の会社に転職するかという選択肢を迫られた時に――砂映はどうしても、かつての夢を捨て切れていない自分に気がついた。


 魔法に関わる仕事がしたい。


 砂映が魔術学校を中退してから十年以上経っていた。十年で、魔術をめぐる環境は激変していた。魔術工学が発展し、魔術を使えない一般の人間でも使用できる、便利な道具が普及した。感覚と経験頼みだった部分の理論化が進み、教科書も格段にわかりやすくなっていた。何よりもありがたかったのは、魔力が少なくても取得できる魔術関連資格がいくつか新設されていたことだった。もちろんそれでも、決して簡単ではなかったけれど――砂映はそれで、どうにかこうにか念願の、魔法薬師の免許をとり、就職にまでこぎ着けた。


 けれど、それがよかったのかどうか、最近の砂映はわからなくなっている。


 今のところ大きな失敗はしていない、と思う。でも、途季老人がいなければどうにもならなかったことはすでに何度もあった。もしも自分の力不足のせいで、取り返しのつかないことが起こったら――そんな不安が何度もよぎる。


(落ちこぼれのくせにこんな仕事に就いて。こんなところで働かせてもらって)


 いろんな人から、不相応な信頼を受けている気がする。

 何だか自分が彼らを騙しているような、そんな気持さえしている。



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