王太子で騎士団総帥の私、魔王との決戦に挑み相討ちで死す。~輪廻の輪に戻れず次元の裂け目に吸い込まれてしまった…これからどうなるのだろう?~
ここはエンデランス王国王城謁見の間。
「我が国の密偵によれば、魔王軍がユロレンシア大陸への侵攻を決めたようである」
国王がそう切り出すと、居並ぶ王国要人がどよめいた。
「――よって、騎士団総帥及び遠征騎士団長、バハムート・ファースター・エンデランスに魔王討伐を命ずる」
エンデランス王国国王の、低く威厳のある声が謁見の間に響く。
「はっ! 謹んでお受け致します。必ずや私自ら魔王を討ち取って参ります」
金髪、碧眼の若き王太子が玉座の主から王命を受けた。
騎士団長である事を示す白銀の鎧を身に付け、騎士団総帥である事を示す王国紋章入りの空色のマントを纏っている。
国王は続ける。
「騎士団総帥、これから私の執務室に来るように」
「ははっ」
******バハムート
王よりも早く国王執務室に到着した私は、直立不動の姿勢で王を出迎える。
国王は人払いをし、執務室に二人きりになった。
「ムートよ、いつも難題を押し付けて済まんな」
王が私をムートと呼ぶのは、国王の立場と言うよりも父親の立場として話をする時だ。
「いいえ。我らが王国に害を及ぼす敵に対処するのは、王族、そして力を授かった者として、当然の事です。父上」
「そう言ってくれると余も嬉しいぞ。これは我が国だけの問題ではない、余もこの大陸全ての国に使いを立てて協力を仰いでいるからな」
我々がカストポルクスと呼ぶこの世界には、ヒト・エルフ・ドワーフ・獣人・龍人の各種族が存在するユロレンシア大陸と、魔人族が全域を支配する魔大陸とがある。
魔人族は『強さこそ全て』と言う考えの種族で、その王たる魔王は魔大陸では飽き足らずユロレンシア大陸へも食指を伸ばして来た。
「ありがとうございます。私もこれまで遊撃騎士団として各地を巡るなかで出会った者たちに呼びかけてみます」
私の人生は生まれた時から運命付けられていた。
この世界では、生まれた時にスキルを一つ授かるのだが、私は最上級のSランク【聖剣技】を授かった。
それ以来、王族・王太子としてよりも騎士としての訓練・遠征に明け暮れて、19歳にしてスキルレベルが上限〈10〉に達し、独力で騎士団総帥にまで登りつめた。
「モンスター討伐遠征で様々な種族に出会い、親交も持っています。仲間と呼べる者もいるのですよ」
「それは頼もしい! さすが我が息子だ。頼んだぞ!」
執務室を後にして、城内を歩いていると後ろから声を掛けられた。
「兄上、王命を賜ったそうですね」
声の主は腹違いの弟、第二王子のフリスだった。
末息子だからと甘やかされて育ち、わがままな面が目立つが、弟として目を掛けて来た。
「ああ、しばらく留守にするが、ちゃんと父上の仕事をお助けするのだぞ?」
「もちろんですとも。兄上もお体にお気を付け下さい。くれぐれも……ね」
不敵な笑みを浮かべて去っていく。
まったく、生意気な口を利くようになって。……討伐から帰ってきたら性根を叩き直さないとな。
協力要請は受け入れられ、10日程で各国の戦力が集結した。
******決戦の地
魔大陸はユロレンシア大陸の西に位置し、我がエンデランス王国が海を挟んで対峙している。
そのエンデランス王国の西端には高い山々や切り立った崖が乱立していて大軍同士の戦場としては不向きだ。
だから我々対魔王連合軍は、手前の開けた平野に魔王軍を引き込む事にした。
「無事引き込む事に成功したわね。お見事よ、バハムート」
対魔王連合軍の本陣に集まった各種族代表とヒト族国家の代表の中で、エルフの女王のリーファ・トゥインクルウッドが喜ぶ。
「危険な囮役を引き受けてくれた傭兵達のおかげですよ。ありがとう」
「ふんっ! 俺達は金さえ貰えれば何でもやるさ。せいぜい稼がせてもらうよ」
ユロレンシア大陸にあるヒト族の国は六ヶ国で、エンデランス王国以外は小国家である。
宗教国家ディステ、農業国家が二つと商業国家一つ、傭兵国家一つ。
宗教国家ディステからは教会騎士団が派遣されている。
武力の小さい農業国家と商業国家が雇い主という形で、傭兵国家から傭兵達が派遣されている。
「相手の布陣から、我ら連合軍の布陣を決めたのでお伝えします」
魔王軍は、本陣の前、中央に魔王軍第一席<武魔兼備>のメルガン。魔王の娘。
連合軍は本陣の前に、中央軍としてエンデランス王国の騎士団と傭兵。
魔王軍左翼は第3席<魔法>のメルティナ。魔王の娘でメルガンの妹。
これに対するは、魔法に長けるエルフ族と教会騎士団。
魔王軍右翼、第2席<力>のガンダーに対し、肉弾戦に長ける獣人族とドワーフ族を配置した。
「それぞれ相手を撃破する必要はありません。相手を引き付けているうちに私が魔王との一騎打ちに挑みます」
「おう! だがバハムート、お前がやられたりしないだろうな?」
「そうだぜ、一応テメェは大将なんだからよ!」
ドワーフの王子ゴダンと獣人族最強の戦士、獅子獣人のライアーンが私をからかう様に聞いてくる。
「――ハハハッ、私の実力を知っておいででしょう? 例え魔王であっても遅れは取りませんよ」
「ところで、龍人族の代表の姿が見えませんが? まさか?」
教会騎士団の団長が訝しんでいる。
「――ああ、彼らには魔王軍の背後の断崖や山々に潜伏してもらっていて、合図とともに魔王軍の退路を塞いでもらう手筈です」
「さっ、もうそろそろいい頃合いじゃない? 私の愛しのバハムートちゃん」
「なっ! 何を仰っているのですか! もう少し女王たる自覚をお持ちください!!」
リーファの側近たちの私への視線が痛い……
「何よ~。この戦いが終わったら、長命の私が特別にバハムートちゃんの最後まで添い遂げてあげるんだから~。邪魔しないの!」
薄緑色の髪をかき上げてエルフ独特の長い耳にかけながら、思わせぶりな視線を向けてくる。
「……リーファ殿、私には愛する妻と生まれたばかりの息子がいると申し上げているじゃないですか」
「わかってるわよ~。でも、妻は一人とは決まって無いでしょう?」
「そ、それはさて置き、合図を出しますよ。ユディン、合図を」
「はっ!」
弟フリスの護衛騎士団から派遣されてきたユディンの指示により、龍人族の大戦士サリムドランに開戦の合図が送られた。
******カストポルクスを見守る女神ディスティリーニアの世界
「始まったみたいね……」
バハムートが率いる連合軍と魔王軍との戦争の様子を泉に映し出して見ている。
「ディスティリーニア様ぁ、はじまりましたねぇ?」
天使達も私の周りを飛び回りながら泉をのぞいている。
「そうね。英雄として生を与えたバハムートなら大丈夫でしょう」
「うふふっ! でも~、やられちゃったらどうします~?」
「どうしますぅ~?」
「縁起でもない事をいうものではありませんよ」
「きゃは! ごめんなさ~い、ディスティリーニア様ぁ」
訳あってカストポルクスの人々の記憶から抹消されている“黒の大陸”に厄災の兆候が見られる今、英雄バハムートを失う事は出来ないわ。
「頑張るのですよ。バハムート……」
******決戦の地
戦闘が始まり、だいぶ経過した。
各軍とも対峙する魔王軍を抑え込んでくれている。
魔王軍の背後を狙う龍人族のおかげで、魔王軍の本陣も手薄になってきた。
「そろそろいい頃合いだな。出撃準備を」
「はっ!」
サリムドランから龍人族が手懐けた幼いドラゴンを借り受け、敵本陣に乗り込む算段だ。
手薄になったとはいえ、魔王軍の本陣、屈強な魔人族が魔王を守護している。
それに私達も奇襲の為、限られた数の騎士しか連れて来られなかった。
各騎士団の名誉の為に送り込まれた騎士と、私の臣下十数名とで魔王にまで到達するしかない。
「よし、下りるぞ! すぐ乱戦になるから覚悟しておけ! 遅れずに付いて来いよ!!」
「おーーーぅ!!」
「ドラゴンが来たぞー!」
「隊列を整えろ!」
「下りて来たところを袋叩きだ!」
血気盛んな魔人族が待ち受ける本陣にドラゴンを突っ込ませる。
直前で飛び降りた俺は、剣に聖気を纏わせて陣形の乱れた魔王軍を次々に切り裂いていく。
部下達も遅れずに来ている。
私の鍛えた臣下達ならば当然の事だが、各騎士団の連中も精鋭の様だ。
周囲の有象無象は臣下達に任せ、一直線に魔王の元に向かう。
「よくここまで来たものだ。その度胸、褒めてやろう。だかお前の命運もここまでだ」
二メートルの長身とガッチリとした体格、立派な一対の角が隠れるような深い青色の長い髪をサラサラと風になびかせながら魔王は言った。
「では、当然一騎打ちを受けるのだろうな? 魔王とやら」
「当たり前だ、若造が」
魔王はその赤い瞳に殺意を混ぜて睨んでくる。
周囲に目をやると……臣下達は文字通り命がけで魔人族をせき止めてくれている。
魔王が部下から三叉の戟を受け取り、私に向けて来た。
「いつでも来るがいい」
さあ、魔王との一騎打ちの開幕だ。
……どれだけの時間切り結んだのだろう。
お互いに軽い傷を負ってはいるが、致命的な攻撃は受けていない。
だが、均衡は崩れつつある。長柄武器の魔王に対して、剣の私に有利な間合いで終始戦っている。
次の魔王の一撃を払い、距離を取り、聖剣技の奥義を叩きこむ。
「ふんっ!」
魔王の三叉戟の突きに剣の打ち下ろしを合わせる。
「はぁっ!!」
「ぬおっ!?」
衝撃でバランスを崩した魔王を確認し、十分な間合いを取る。
「いくぞ、魔王! これで終わりだ!!」
――ドンッ!
背中に衝撃が走る。
「ぐはっ! なっ?」
王国紋章入りのマントが切れて飛んでいく。
どうやら風属性魔法の《ウィンドブレード》が直撃したようだ。
……どこから? ……後ろだ。後ろには臣下達がいるはず……
ちらりと目をやると、ユディンが血走った眼で私を見ている。
******ユディン
エンデランス王国軍出陣直前、フリス護衛騎士団団舎での事……
「で、殿下、お戯れはお止しください!」
「何が戯れか! 俺は本気で言っているんだ! ユディン」
殿下は何をお考えか! 王国の英雄たりうるバハムート殿下に危害を加えるなど正気では無い!
「いくら殿下のご命令でも従う事など出来ません」
「ユディン、なにも奴を殺せと言っているのではない。戦いの均衡を崩す一撃を与えるだけで良いのだ」
「そ、それでも!」
殿下は私の言葉を遮り、耳元で囁く。
「お前の妻子は俺が客人として預かっている。今朝お前を見送った後に使いを出して招いたのだ。この意味、解るよな?」
「ぐっ! ひ、卑怯ですぞ!」
「なに、戦況が伝わるまでは何もせぬ。上手くいけば丁重に屋敷まで送り届けるさ。……失敗したら、……くくく」
「娘だけは! 婚約者が決まったばかりなのです! どうか!」
「ユディン! 失敗しなければいいだけの事だ。早く行け!」
******決戦の地
「貴様! 団長に何をしている!」
「つ、妻が……、娘が! ……家族の為なのだ! お許しを!」
「黙れ! 裏切り者め!」
ユディンが私の臣下に切り捨てられた。そうか、ユディンが――いや、フリスの命令か……
体勢が崩れてしまったが、魔王はこの隙に持ち直してしまった。
だが! ここで止まる訳にはいかない! 私達の後ろには多くの国民、世界の民がいるのだ。命があるのだ!
「どうやら天は我に味方したようだな! 思う存分味わうが良い! 我が豪雨の如き戟の雨をくらって死ねぇい!!」
どうやら覚悟を決める時の様だ。父上! 王国をお頼み致します!
「――ただではやられない! 聖剣技奥義、サージ・オブ・ディバインクロス!!」
十字の聖なる光の大波が魔王をのみ込んでいく。
「ぐおおおおおおぉおおおおおおおお!!」
三叉戟の雨が私の身体に降り注いだが、放たれた私の奥義は魔王を魂ごと灰と化した。
「団長! 誰か回復魔法を!」
「殿下ぁ!!」
「ブハッ! つ、妻と息子を頼む……、守ってく……れ」
「だんちょーーーーーーう!」
******カストポルクスを見守る女神ディスティリーニアの世界
「ディスティリーニア様ぁ、たいへん! たいへんです~。バハムートがやられちゃました~。え~ん!」
「……なんて愚かな。……ヒト族はこんなにも愚かだったなんて!」
「どうしましょー? どうしましょー?」
天使達が騒いでいるわ。
「大丈夫よ。彼の魂は無事なのだから、また輪廻の輪の中に戻るわ。次の人生こそは、禁忌を犯してでも私の寵愛を授けて厄災に当たってもらいましょう」
******決戦の地
魔王の消滅後魔王軍は撤退を開始した。
龍人族やドワーフ、獣人族が追撃をかけている。
私の目の前には、私の抜けた私が横たわっている。
「バハムートちゃーん! どうしてよ! ――ハッ! あんた達、《リザレクション》を使いなさいよ! 生き返らせなさいよ!!」
リーファと共に駆けつけた教会騎士達がうつむいてしまった。
リザレクションなどという超高等魔法を使える者など、今の世にはもういない。
ああ、本当にバハムートとしての生が終わってしまったのだな。
今の私は実体を持たない魂としてゆっくりと天に昇り、輪廻の輪に戻るのを待つしかないのだ。
私に駆けつけてくる皆の姿が少しずつ小さくなっていく。
生まれ変わったら、愛するミーナとアムートの事を覚えていられるのだろうか?
もう人々があんなに小さくなってしまった。
輪廻の輪が見えて来た。まだ遠いが、本当にあったのだな。
――ピ! ピシ! ピシピシッ!! ピシッ!!
な、何だ? 空にひびが入って裂け目が出来たぞ?
ヒューーーーーーー……
引き寄せられる! これはいけない、輪廻が出来なくなるではないか!
魂だけの私には成す術がないのに!
あー、吸い込まれる!
スッ!
す、吸い込まれてしまった……。
ここはどこだ? 真っ暗で何も見えない。
……裂け目も閉じてしまったぞ。
******カストポルクスを見守る女神ディスティリーニアの世界
「あれれ? バハムート、消えてしまいましたよ? ディスティリーニア様ぁ」
「どうしたのですぅ?」
「どうしましょ~?」
ヒト達が血の気が引くと言っていたのはこの感覚の事ね。
「次元の境に裂け目が出来る何てことは極偶に起こる事だけど……、まさかこちらの世界の魂、よりによってバハムートの魂が巻き込まれるなんて……」
落ち着くのよ。取り乱しても何の解決にもならないわ……
「さ、探しましょう! 私達なら必ず見付けられるわ。みんなも手伝ってね?」
「は~い。お手伝いします~」
「何年、何十年かかっても必ず見付けて、こちらの世界に戻してあげるわ。待っていてね、バハムート」
******次元の境目
どれだけの月日が経ったのだろう。何年か経ったのだろうか?
暗く何も無い世界で、自分が進んでいるのか止まっているのかすら判らない。
私はここで消えて無くなるのだろうか?
この問いも何度した事か……
――ピッ! ピシィ!
ここに来て何度かこの音を聞いたが、皆遥か遠くの方から聞こえていた。
だが、今回は近いぞ!
――ピシピシッ!! ピシシッ!! ヒューーーー……
すぐ近くだ! 吸い寄せられている! この世界から抜け出せる!
ああ、もうすぐだ。
スッ!
ああ、明るい! ……久しぶりの青空だ。
ここはカストポルクスか? 近くに輪廻の輪が見える。
やっと輪廻出来るのか……。
ミーナ、アムート、待っていてくれ。何処にいようと必ず会いに行くからな。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
「バイタルは安定しています。先生」
「はーい、もうすぐですよー。頭は見えてますよ。お母さん頑張ってー」
「ぐ~~、ぬーー、ふん~~~~~」
「オンギャー、オギャーーーーー」
「おめでとうございます! わぁー、凄く元気な男の子ですよ」
綺麗な天井だ。
この世に生まれて1日が経った。
この体が起きている時間はとても短く、あまり目も開けない。
私も頑張ってはいるが、自由が利かない。動かすことが出来ない。
限られた時間の中で周りを観察しているが、この家は大きいらしい。
使用人も多く、白を基調とした清潔な服装をしている。女性は統一した帽子も身につけている。
その使用人達が、入れ替わり立ち替わり部屋にやって来ては、色々と世話を焼いている。
私を産んだ女性は正妻として、余程この家の主人から大切にされているのだな。
「馬場さーん、これから大部屋に移りますね。赤ちゃんも一緒ですよ~。抱っこしてもらいましょうね~」
なにやら母に話しかけているが、内容は解らない。……もどかしいものだ。
この女性はメイド長か?随分愛想がいい。主人によってしっかり教育が施されているのが窺える。
ガラガラガラガラ
このベットはすごいな! 狭いが動くのか? 魔法かな?
……しかし広い屋敷だ。
「このお部屋の一番奥ですよ。入りますね~」
部屋に入ると母も入れて6人の女性がそれぞれ赤子を抱いている。
おいおい! この女性達の赤ん坊は全員主人の子か? ……という事は、私の母となる女性は側室? 妾?
お、落ち着くんだ。私は王太子、……騎士団総帥。取り乱してはいけない。
夕方になると正装の男が私達の元にやって来た。
「あなた、お見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
「うん、面会時間が短くてごめんね。退院の日は休みを取っているから。3人で帰ろうね」
母の様子を見るに、この人がここの主人か。
同部屋の女性や赤子には軽く会釈する程度で言葉を掛けないあたり、私の母が一番の寵愛を受けているのだな……
夜になると赤子だらけの別室で寝て、日中は母と過ごす事を数日繰り返した。
私の身体は動いているが、私の意志で動いてはいない。何度も試したがダメだった。
そんなある日、母が薄い着衣から着替えている。
この家の主人もいる。荷物もあるが主人が持っている。使用人に持たせないのか?
「お世話になりました」
「いいえ~、また検診の時にでもお立ち寄りくださいね」
メイド長は相変わらず愛想が良いな。
使用人達の見送りを受けているようだ。
外出でもするのだろうか? 別宅でもあるのか? いいな! ここ数日は窓から外を眺めても木々しか見えなかったからな……。
これでどこの街に生まれたのか、おおよそ判るはずだ。
……な、なんだ、これは……?
私の目の前には、今まで見たことのない様な光景が広がっている!
地面は石畳なのか? だが、黒いぞ? 継ぎ目がない石畳か?
それに……これは馬車か? 馬がいないぞ? えっ! 御者も中にいるのか?
バタン!
とと、扉が勝手に閉まったぞ! 外に誰もいないのに……
おおおお、落ち着け、落ち着くんだ。取り乱してはいけない。
魔法か? そういえばここ数日魔法は見ていないな。
動き出したぞ! 速い!!
どこへ行くのだろう。城かな。
……しかし、この街の建物は木製のものも多いな、かと思えば王都の建物より高い建物もあったりする。
やはり、時代が違うのだろうか?
「着きましたよ~お客さん。こちらで大丈夫ですか?」
「はい」
「2,640円です」
父が御者とやりとりしている間に降りたが、また勝手に扉が開いた……
ここは? 新しくて綺麗な建物だが、これまでいた屋敷とは比べものにならない程小さいな。
使用人の屋敷か?
ん? 3人で入るか……。もしかして母は通いの使用人なのか?
「さぁ、ちゅきまちたよ~、私達のお家でちゅよ~」
頬をプ二プ二しながら何かおっしゃっておられるが、申し訳ありません母上、まだ言葉が解りません。
「おかえり、英雄。今日からここがお前の家だぞ~」
頭を撫でながら何かおっしゃっておられるが、申し訳ありません父上、まだ言葉が解りません。
「英雄? ひでお?」
「そうだよ~。僕が寝る間を惜しんで考えておいたんだー。良い名前だと思わない?」
何をおっしゃっているかは解らないが、私を抱く母の手に力が入った。
感覚はありませんが、これはちょっと痛いのでは? 母上。
「ちょっ! ちょっと待って! ふ、二人で考えましょ? ね?」
「え~、良い名前じゃないか?」
ちょっと母上、この身体が痛いのでは? 母上の心臓もバクバクしてますよ!
その後、私は強く抱かれたまま。そして母は泣き出し上に、口論となっている……
「名前が重すぎるわ! もっと柔らかい名前が良いわ! お願い!」
何をおっしゃっているかは解らないが、しばらくの口論の末に決着を見たようだ。
……とりあえず良かった。
それから私は、この小さな家で3人で生活をしている。
相変わらず、私がこの身体を動かすことはできない。
もしかしたら……、私はこの身体に間借りしているだけなのでは? という疑問が頭に浮かんでいる。
これではいつまで経っても、ミーナとアムートを探しに行くことは叶わない。
焦りもある、あるが……
「はい、ユウト、お乳ですよ」
「ユウト、ただいまー。今日も元気にしてたか?お父さん寂しかったぞー」
「ユウト、おむつを取り替えましょうね~」
「ユウト、大きくなったら剣道やろうな?」
「ゆうと~、――――――」
「ユウトー、――――――」
……どうやら、私はユウトと名付けられたようだ。
父上と母上の私を見る目には、確かに愛情がこもっている。
私がミーナやアムートへ向ける視線と同じものだ。
今の私はこの身体を操ることはできない。
もしかすると、この先も自由にできないのかもしれない。
ミーナとアムートの事もある……
だが、私は一度死んでいるのだ。
いつまでも後ろを気にしていてはいけない。
前を向かねば!
前を向こう!
このユウトという身体が、どう育ち、どう生きてゆくのか、見守っていこう。
希望を捨てるのではない。
このユウトという男の子の成長の先に、私の望む物があると信じて見守っていこう!
このユウトという男の子には私がついている。
エンデランス王国王太子及び騎士団総帥のバハムートが!!
ユウトよ! 君には私がついている! 何事も臆することはないぞ! ともに歩んでいくぞ!
完
よろしければ、下にある☆☆☆☆☆からこの物語への評価をお願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
尚、バハムートの魂が移った四十数年後の長編物語も完結済みです。
バハムートの魂は無事にカストポルクスには行けました。(第1章の前半でバハムート登場)
妻のミーナ、息子のアムートはどうなっているのか?(第2章のメインテーマ。リーファらも登場)
【完結】おっさんと最強白狐娘の異世界“ながら”侵攻記~スマホの全魔法収蔵『魔法大全』アプリを持って、保護した姉妹を育成しながら異世界魔王にカウンター食らわせます~
https://ncode.syosetu.com/n3840hk/
よろしければお読みください。 柳生潤兵衛