貴族令嬢は弟にそそのかされます
沈黙が部屋を支配する。
魔法を使用するために杖を貰ったのは良いが、流石に魔獣討伐に連れて行って欲しいというのはまずかっただろうか。
クロードは無言で私の頭に手を乗せたまま止まっている。
「あ、あの……おじい様?」
「駄目だ」
手でわしわしと頭を撫でてからクロードは私の手を引き、部屋にあるふかふかの椅子に座った。
「ルシア。魔獣辞典を見て倒してみたいと思った気持ちは分かる、儂も若い頃は魔獣の話を聞いて倒したいと思った。見てみろ」
顔の傷をいくつも指さしてから更に左手側の服の袖を捲る。
二の腕には裂けた痕がある。
「これは……?」
「儂が若い頃、魔獣に付けられた傷だ、当時は儂も両親に魔獣討伐を志願したが反対されてな、勝手に屋敷を抜け出して近隣の街の魔獣討伐の自警団にもぐりこんだんだ。
その結果がこれだ、胸にも大きな爪を立てられ、瀕死の重傷を負った。生死を彷徨った後、回復魔法のおかげで何とか生き残った。胸の傷は綺麗に治したが、この左腕の傷跡はあえて残して貰った。儂がこの失敗を忘れぬようにだ」
クロードは目を細めながら言う。
傷一つないルドマンと違ってクロードがどうして顔に傷が付いているのかと思ったら、そういう事か。
どうやらクロードはルドマンと違って大分やんちゃだったようだ。
クロードが私の髪を撫でる。
「ルシアや、お前は利発で母親譲りの銀色の髪が似合う美しさを持っている。将来は引く手あまたの美人さんになるだろう。今は回復魔法があるがもし回復魔法を受ける暇もなく即死したら、もし回復魔法が効かないほどの重傷を顔に負ったら……ルドマンもエルも悲しむだろう。魔獣には狡猾な輩もおり無事に帰れるとは限らないんだ」
「でもおじい様、私には魔法があります」
「そうだったな、ルシアは魔法の才がある。儂も認めているしトドルの奴も評価をしていた。しかし魔獣となると……な」
クロードはそれだけ言い静かに私の頭を撫でた。
昼食後、私は自分の部屋に帰ってきてから貰った杖を布で拭いていた。
やはりと言うべきか、クロードはどうしても私を討伐部隊に加えたくないらしい。
まあ、気持ちは分かる。
逆の立場なら大事な孫娘を魔獣討伐に連れて行くなんて絶対に嫌なものだ。
ただ、このまま黙っているわけにもいかないしなぁ……。
一応杖は手に入ったから魔法は使えるし最悪一人で行くか?
馬車が通っていたはずだ、金は貯めていたものがあるから行こうと思えば行けるんだよね。
うーん……と悩んでいると扉をノックする音がした。
扉を開くと入ってきたのは弟のグラムだ。
珍しい、普段この時間はトドルと剣を教えてもらっている時間なのに。
そういえば今日は窓の外から声が聞こえなかったな。
そんな事を考えていると、グラムが真剣な顔をしているのに気づいた。
「どうしました?」
「僕、魔獣を倒しに行こうと思います」
一瞬グラムが何を言い出したのか理解出来なかった。
聞き間違いかと思いもう一度問いかける。
「えっと、グラムは今なんと?」
「僕は魔獣を倒しに行きます!」
やはり彼は魔獣を倒しに行くそうだ。
……何で?
首を傾げているとグラムが口を開く。
「僕に剣を教えてくれているトドルさんがクロード爺ちゃんに呼ばれて行きました。多分魔獣の討伐についての話をしにだと思います」
ああ、それで今日の昼の訓練は無くなったのか。
「はい、それで?」
「僕は未熟ですが剣士です。まだまだトドルさんに勝てないけど、僕だって戦えます」
「あー……」
いや、無理だろう。
私はグラムの身体を見る。
まだ9歳、身体は小さく手足も細く出来上がっていない。
祖父も父も身体が大きいから何年かしたら相当でかくなるとは思うけど、今の所私と大して変わらない。
多分魔獣と戦ったら余裕で死ぬと思う。
というか何で急にそんな事を言いだしたんだろう。
「お、落ち着いてください。そもそもグラムはどうしてそんな事を言いだしたんですか?」
「それは……」
グラムは言いよどんでからチラチラと私を見てから杖、部屋の隅にある今日の昼食前に屋敷で集めた旅用に袋を見る。
「姉さん、一人で行くつもりなんでしょう? 昼にご飯を食べている時も険しい顔をしながら何か考えているようでしたし」
「あー……」
思わず言葉に詰まってしまった。
弟は剣の訓練時以外は割とぼんやりしていると思っていたけど、意外と周りを見ているようだ。
「そんな事はありません」
「嘘です! 姉さんは嘘を言っています。僕には分かるんです! 姉さん一人だけ行かせて僕は何もしなかったなんて、僕は本当に要らない子になってしまいます」
急に自分を卑下しだしたから思わず目を瞬かせてしまった。
「え、要らない子って……誰かに言われたんですか?」
誰が言ったんだろう。
弟への侮辱、必要なら私が正義のグーで教育しなければ。
「いいえ、誰からも言われていません。ですが僕と違って姉さんは難しい本も読め、礼儀作法や教養もあります。魔法の才もあり、本当はトドルさん並に強いかもしれないと僕は思っています。才能の無い僕と違って……」
「…………」
トドル並に強いっていうか多分私は魔法さえ使えたら余裕で勝てると思うよ。
身体は違うけど元々強かったし。
「うーん……」
腕組みしながら私はグラムを見る。
グラムは才能無いって言ってるけど、多分剣の才能あると思うんだよね。
同世代を知らないから分からないんだろうけど、見ているとたまに鋭い攻撃も出してるしね。
ふと考えてしまう。
グラムは年齢と身体の小ささで分かってないけど剣の才能がある。
ただ気持ちが弱いし、このまま自分は弱いと思い込みながら成長したら才能が潰れる可能性もある。
魔獣討伐で経験を積ませれば化ける可能性は大いにある。
しかし、私がいない所で怪我とかしたり上手く行かなくて不運にも死亡……ってなるのはもったいない。
どうせ経験を積ませるなら自分の側の方が良いかもなぁ……。
「分かりました、では二人でリドの村に行きましょう、場合によってはおじい様と合流しても良いです」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
グラムが両手で私の手を取った。
やれやれ、ま、良いか。
クロードだって私らがリドの村まで行ったら流石に帰れとは言わないだろう。
前線には出して貰えないかもしれないけどね。