貴族令嬢は魔獣に興味津々です
「どうぞ」
「ありがとうございます」
夕暮れ時の大広間。
メイドが大きな机を前に座る私達の下へ料理を持ってきた。
朝と夕食は基本的に全員が同じ時間に集まり食べる。
正面最奥には私の父であり当主であるルドマン・カーティス、お洒落に蓄えた顎髭が似合赤い髪、赤い目の美丈夫。
続けて座るのは祖父のクロード・カーティスだ。
厳つい顔に頬やら額に傷があり、威圧感のある顔をしている。
こちらも赤髪赤目であり、グラムも同じな所を見るとそれがカーティス家の遺伝という奴なのだろう。
そして次に座るのが母親のエル・カーティス、銀髪黒目の綺麗な女性だ。
私の銀髪、そして赤目は両親の影響と言えるだろう。
最後に少し離れて私と弟が座っている。
普段食事の際にはそれぞれが話をしたりもするのだが。
今日は祖父のクロードが口火を切った。
「ルドマン、報告を聞いたか?」
「魔獣の話ですね?」
クロードはこくりと頷く。
「うむ、東南のリドの村の者が森で見たらしい」
「先日の報告より近づいてきていますね」
「近々村に現れるかもしれん、兵を集めなければな」
「討伐ならば私が」
「儂が出よう、兵を出すならば周辺の者への根回しが必要だ。当主のお前がやった方が良いだろう」
「分かりました、では時期は……」
魔獣討伐か、穏やかじゃないね。
二人の会話に耳を傾けているとついついと隣から服を引っ張られる。
「姉さん聞きましたか、魔獣だそうですよ」
「ええ、そうですね。でも大丈夫です、この屋敷までは来ません」
「そうでしょうか……姉さんは討伐に行くのですか?」
「私は……」
正直気になる。
「姉さん?」
「……いえ、きっと行かないと思いますよ」
「そうですよ、あなたには立派な使命があるのです、危ない真似をしてはなりません!」
母親のエルがぴしゃりと言い切る。
エルは私に礼儀作法やら言葉遣いやらをしっかり教えており、彼女の言う立派な使命とは有力な貴族家へ嫁ぎ、家を繁栄させる事らしい。
正直嫁ぐとかに関しては全く興味ないが、それを今否定したところで長く進展しない説得が続くだけなので、黙っていることにした。
「えいや!」
「良いですよ、その調子です」
窓から外を見ると弟がトドルと共に剣術の鍛錬をしていた。
頑張れ……と内心応援しつつ、私は脇に挟んだ一冊の本を取り出した。
本は手書きで魔獣について書かれている辞典のようなものだ。
祖父の部屋にあったから勝手に持ってきたのだが、魔獣の説明を見ながら私は唸ってしまう。
この世界は基本的に私がレドナとして生きていた世界で間違いない。
というか細かく言えば100年後の世界だ。
しかし、100年前と違うのは、私があれほど痛めつけ、人里近くに来た魔獣を殺しまくったというのに、何故か現在魔獣は再び人里付近に平気で現れるようになっている。
「うーん」
考えてしまう。
確か私はブルータスに後事を任せたはずだ。
それなのに辞典の備考を読む限りだと、この100年で魔獣が消えていたのは私が死んだ後、本当に最初の5年位だ。
その後は徐々に目撃情報が増え始め、今ではそこらじゅうで見られている。
あいつ何やってんだろう。
まさか5年で死んだのか?
寿命……はあり得ない。
あいつは私が死んだ時二十歳位だった、それから5年、25歳で死ぬとは思えない。
不慮の事故で亡くなったのだろうか。
まさかと思うが、確かにブルータスは才能こそあったがうっかり者であり、肝心な所でミスをしたりする奴だった。
爪が甘いというか……となるとそのうち私が成長したら後始末をしなければいけなくなるわけだね。
魔獣討伐か……まあ、再び生きる機会を貰えたんだ。
前と同じことをしても問題ないだろう、絶対殺しつくさないとね。
丁度いいことに、今回近場で魔獣が発生しているとのことだし、100年後の魔獣の動きを見たいという気持ちもある。
「ただ行くのは良いけどまずは……」
魔法が使えなければならない。
基本的に魔法は身体に魔力がある者が詠唱して魔法を発動する。
だが、問題は、現在の私は今身体や持っている武器の周りにしか魔法を発動できない事だ。
というのも、魔法というのは身体から離せば離すほど威力が減衰していく。
だから自分の身体から離してかつ威力を出すにはそれ用の武器が無ければいけない。
例えば長い樹齢を重ねた木で作った杖。
例えば魔力を蓄える宝石が付いている指輪とか。
それらが無ければ魔法を発動出来ても身体から離す事は出来ない。
たとえ出来ても威力が非常に弱まってしまうのだ。
役割としては増幅器みたいなものだな。
「…………」
手の指の先に小さな風の球を出しては自分の身体から離れると徐々に消えていく。
せめて生前使っていた私の魔道具の一つでもあればな。
世界中で集めた魔力との共感性の高い魔道具があれば、すぐにでも単独で魔獣を倒しに行けるというのに……。
ちらっと屋敷の側に生える木々を見た。
あれの木の枝を使えば恐らくだが一発位なら風の球を放てる。
しかし、その魔法の威力は底が知れているし、その上一発撃ったら木の枝は耐えきれずに自壊してしまうだろう。
魔法は便利であり不便でもあるものなのだ。
でもこのまま何もしないとなれば私はきっとどこかの貴族家へ嫁ぐことになる。
そうなったら魔獣討伐なんて出来なくなる。
なら今のうちに実績作りの為に動かないとね。
「失礼します」
扉をノックしてから祖父であるクロードの部屋に入ると、クロードは本を探しているようだ。
「おお、ルシアか。ちょうどいい所に、魔獣の載った本を見ていないか?」
「これですか?」
手に持っていた魔獣の種類が載っている本を差し出すとクロードは、にこりと笑った。
「おお、それを探していた。ルシアが持っていたのか?」
「はい、先日夕食の時に魔獣の話をなさっておりましたので、興味が湧きまして」
「ほう……ルシアが興味を持つとは珍しいな。しかし……ふむ、魔獣か」
クロードはちらっと私を見てから息を吐く。
「最近動きが活発だが大丈夫だ。ルシアやグラムが見る事は無いよ」
クロードは私を安心させるように頭を撫でた。
わしわしと若干しわがれた大きな手が頭を覆う。
死んだ直後の私より若いはずのクロードに撫でられているのに、安心感を覚えてしまうのは、この身体だからだろうか。
それにしても家族……か。
ぎりり……と思わず奥歯を噛み締めてしまう。
「おじい様、二つお願いがあります」
「ん? なんだ?」
「そちらを私にお貸しください」
私が指さすのは部屋の隅に置いてある宝石の付いた杖だ。
祖父が昔魔獣討伐をした際に商人からお礼として譲り受けた杖だそうだが、カーティス家には魔法使いがいないからずっと放置されているらしい。
あれなら多少は私の魔法に耐えられるはずだ。
「あれをか、ふむ……」
「私はおじい様もご存じの通り魔法が使えます、あれを使いたいのです」
クロードは私を見てちらっと杖を見る。
「まあ、良いだろう。持って行くと良い」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うとクロードは、うんうんと頷きながら頭をぽんぽんと叩く。
「して、もう一つのお願いとは?」
「はい、私をリドの村へ連れて行って欲しいのです」
「…………」
頭を撫でるクロードの手がぴたりと止まった。