貴族令嬢に木刀は通じません!
「ルシアお嬢様、散歩に行かれるのですか?」
「はい、天気が良いので」
「そうですか、あまり遠くへ行かない様に、お気をつけて下さい」
「ええ、忠告ありがとう」
執事のアルフレッドに挨拶を返してから私は外に出た。
ルシア……というのは私の名前だ。
ルシア・カーティス、10歳。
大陸東部トラム王国のカーティス伯爵領の長女。
いわゆる貴族令嬢という奴である。
ダンディな見た目で最強の魔導士とも呼ばれ、女性人気も高かったんだけど。
「どうしてこうなったんだろう……」
生まれ変わったのは良いがまさか性別が変わってしまうとは。
銀色でサラサラな髪に整った顔立ち、華奢な体躯。
現在の私は清楚可憐な貴族令嬢だ。
言葉遣いだって立派なもので、トイレに行くときは『お花を摘みに行ってまいりますわ』と言っている。
まあ、令嬢言葉を使いたくないから出来る限りは敬語で誤魔化しているけど。
正直精神年齢70を超える爺さんが、『ごきげんあそばせ』やら『ご無沙汰しております』といった貴族令嬢言葉を使うというのは、一種のプレイかと思う。
そういえば以前に訪れた国で自分が赤子の様に振舞える……いわゆる赤子プレイが出来る大人の店なら知っているが、貴族令嬢プレイが出来る店は聞いた事が無い。
やりたくもないが。
更に所作に関しても完璧だ。
何故なら母親が無作法をすれば鬼の様に怒るからね。
嫁に行く貴族令嬢がそんな振る舞い許しませんって。
魔獣と戦ってばかりで、王族と会う時も適当な振る舞いしてた爺に無茶言うなよな……。
まぁ、前と比べて出来る事はそんなに変わってない。
変わったと言えば肉や魚を山ほど食べても元気な事。
それと一日中動き回っても疲れない事か。
とはいっても子供の貴族のお嬢様に出来る事なんて庭の散歩と使用人に挨拶する位しかないしなぁ……。
「はぁ! やぁ!」
「ん?」
憂鬱気味に空を見ていると声が聞こえてきた。
庭師に日々手入れされている四角く縁どられた花壇、中央にある噴水。
その近くで弟のグラムが家庭教師のトドルにしごかれている。
グラムは私より一つ下の9歳だ。
弟は剣の才能があるらしく両親や祖父から期待されているし、本人も期待に応えられるように頑張っている。
姉としては頑張る弟というのは誇らしい。
どれ、暇だし近くで頑張りを見せてもらおうか。
ゆっくりと歩いていくと、近づく前にグラムが吹っ飛ばされた。
おおう、私が見に行くまで耐えなさい。
「大丈夫ですか?」
足元に転がっている弟をのぞき込むと、弟は私に気付いてハッとした顔を浮かべ、飛び上がる様に立ち上がる。
「ね、姉さん! これはみっともない所を見せました!」
焦ったように立ち上がるが足元がふらついている。
走り込みが足りませんね。
「これはこれはルシア様、ようこそ」
「ええ、トドル様。ご機嫌麗しゅう」
トドルは口元を緩める。
緩い茶色髪でがっしりとした体型をした年配の男だ。
グラムの剣の腕を磨かせるため、先月に雇われた剣士で元他国の騎士団の副団長をしていたらしい。
祖父であるクロードの紹介でやってきた男である。
「散歩ですか?」
「ええ、こんなにいい天気で外に出ないなんてもったいないでしょう?」
「そうですね」
言いながら視線が私の後ろに流れる。
「も、もう一本!」
後ろでグラムが叫んだ。
おお、派手に飛ばされていたのにもう起き上がったようだ。
感心しながら後ろを見たが、弟は生まれたての小鹿の如くがくがく震えている。
まだダメージは抜けきっていないらしい。
休憩したいって言えばいいのに。
言えないのかな、しょうがない。
「ちょっと日差しが強いようですね、冷たい物でも飲みませんか? たまには皆で飲みたいのですが」
「……そろそろ休憩しても良い頃でしょうな」
眩しそうに手を目の上に当てながら言うと、木剣を構えていたトドルは、剣を静かに下ろす。
そして私を見て若干表情を緩めた。
まあ、グラムから休憩をとは言い出さないだろうしね。
とりあえず、近くを通りがかったメイドの一人に冷たいお茶を持ってくるように伝えた。
休憩の後、トドルと弟は再び木剣で戦い始めた。
戦い始めたが、いかんせん弟との体格差もある。
弟は何度も吹っ飛ばされては立ち上がり吹っ飛ばされてを繰り返している。
私の見た感じだが、弟は天恵というほどではないが、明らかに剣の才能が宿っていると思う。
あと数年、身体も大きくなればなかなかの剣士になれるかもしれない。
長年色んな国の剣士を見てきた私が言うんだから間違いない。
うんうん……と頷いていると突然木剣が飛んできた。
およ。
はしっと思わず掴んでしまった。
なんぞ?
見るとグラムが倒されており、木剣だけ飛んできたようだ。
「ルシア様、少しやりますか? ルシア様も戦いの才能があると聞いております」
誰から……と思ったけど祖父のクロードからか。
でもなぁ、少しと言われても。
「私は木剣を使えませんよ?」
だから諦めてくれと言外に伝えたのだけどトドルは、あえてなのか聞き入れてくれない。
「存じております、しかしルシア様なら使わなくてもよいのではないですか? クロード様からも許可を取っております……ぜひ一戦」
「姉さん、僕も見たいです」
ええ……面倒くさい。
けどグラムまで言うならしょうがないか。
「ではお相手しますね」
木剣を構える。
トドルを見ると自分と違い構えに隙が一切ない。
というか見えない。
まあ、生前剣士じゃなかったし、見えないのが当たり前なんだけど。
「では……失礼」
トドルが打ち込んでくる。
速度はなかなか、狙いは木剣、下から弾こうという感じだ。
手加減してくれているようだ、まあ、トドルは私が戦う所を見た事が無いし、祖父の許可があるとはいえ、万が一にも怪我をさせたらまずいしね。
さて……私は冷静にそれを受けた。
木剣が交差する、トドルの振り上げた手が止まっている。
「…………」
下から弾き飛ばそうと振り上げたトドルの持つ木剣は、中ほどから綺麗に斬れていた。
「まさか……」
驚くトドル、祖父から話を聞いていたとはいえその反応は当然だろう。
10歳の少女の持つ木剣に当たった瞬間、自分の方の木剣だけが斬れるとは思わないだろうから。
まあ、驚くのも仕方ないよ。
両者木剣なのに片方だけ斬れるのはどう考えてもおかしいし。
「これは一体」
「魔法ですよ」
私は身体の表面に薄い風を起こし気流を作っている。
それにより、あらゆる攻撃は風によって防がれる。
元々これはかつて自分がレドナと呼ばれていた頃、気付いていない攻撃を死角から受けても致命傷を喰らう事が無いようにという目的で考案した魔法で、常に展開していた。
それと同じく、私の木剣の表面にも薄い風の膜が張られている。
要するに、風の力で木剣は切れ味を増し、当たったトドルの木剣は斬れてしまったのだ。
ちなみに身体に風を常に纏うというのは昔、魔獣退治に行っていた時の癖だ。
一人で山やら谷やらに行っているとどうしても死角が出来るから。
生まれ変わったこの身体にも生前同様相当な魔力がある為、施している。
要するに、たとえ木剣が無くても私には攻撃が効かないという事である。
「なるほど、クロード殿が自慢するわけですね」
トドルは中ほどから先がなくなった木剣を見ながら楽しそうに笑った。
ふと隣を見ればグラムが尊敬の眼差しを浮かべながらパチパチと手を叩いている。
「自慢ですか、他には何か言ってましたか?」
「……才能はあるがやる気は感じられないと」
流石クロード、よくわかっている。
その後、日が暮れたので私達は屋敷に戻った。
読んでいただきありがとうございます。
続きは明日となります。
最初の三日間は2話掲載で、その後は出来る限り一日に一話……投稿行けたらなと思っております。
たまに数日に一話になるかもですが……。
面白いと思っていただけるよう頑張りますので今後ともよろしくお願いします。