術式展開戦闘
『グオオオオオオ』
咆哮と共に火球が飛んできた。
【ウインドウォール】
「く、おお」
私はそれを単純な風の壁で耐えようとして、あまりの重さに後ずさる。
風の向こうでは地面がじりじりと焦げ、黒くなった境目が徐々にこっちに近づいてくる。
魔力で固めた風の壁が押されている、こいつ……。
思ったよりやる。
使うか、杖がもてば良いけど。
私は風の壁で耐えながら地面に丸い魔法陣を描く。
【ウインドガード、アヴァスト】
魔法陣が緑に光り、更に私とボルギガスの周囲に薄い風の壁を展開する。
風の結界だ。それも三重術式。
外からは入れるが中からは外へ出さない結界、これでリニス達に被害は出ないだろう。
「……っと」
不味い、肝心の正面の風の壁が壊されそう。
相殺出来るかと思ったのになんて威力の球だ。
こっちも出力を上げなきゃいけないか。
いや、もう火球ごと跳ね飛ばすか。
【ウインドボール・二重術式……三重術式……四重術式】
風の球に二重、三重、四重と制御しながら魔力を込めていく。
杖がミシミシ言っているがこれもたないかも……。
「おおおお!」
とりあえず放った。
風の壁が消えると同時に飛び込んだそれは火球を一瞬で消し去り、そのままボルギガスに当たった。
「ガアアアアアアアアッ!」
叫び声が聞こえる。
倒せてはいないが結構強めに当たったという事。
だが、これで倒せないか。
もうもうとした煙が消えると血を流したボルギガスが殺気走った目でこちらを睨みつけている。
『ギィアアアアアアアアアアッ!!』
今まで以上の咆哮が周囲に響いた。
直後、晴れていたはずの空をあっという間に厚い雲が覆っていく。
黒く濁った灰色の雲からは時折雷が跳ね、それは突然起きた。
地面を揺るがすいくつもの落雷、それはボルギガスに降り注いだ。
バリバリと大きな体躯の周りを雷が帯電する。
炎と雷の竜だと……おい! ただの地竜じゃなかったのかよ!
不意にボルギガスが口を開く。
また火球か?
そう思ったのも一瞬、大気が揺れ、周囲に雷が落ちる。
絶対やばい奴だ。
金色と紅、二色の光が見えた瞬間。光線が一直線に飛んできた。
【ウインドウォール・三重術式】
咄嗟に風の魔力の三重術式で展開するがその光源に当たった直後から、ガリガリという耳障りな音をしながら徐々に近づいてくる気がする。
杖がさっき以上にひび割れる音がする。
間違いなく限界が近い、これ以上は無理か。
耐えようと更に魔力を込めた直後。
ぱきん……という乾いた音が鳴った。
「あ……」
貰った杖が遂に砕けてしまった。
展開していた風の壁の力がみるみる落ちてかき消される。
目の前に見えるのは二色の光源。
私は咄嗟に両手を出す。
普段から身体の周りに展開している風の壁を最大限正面に集中させた。
リニス視点
「ん……」
「おや、気が付いたかい」
目を覚ますと目の前に自分の父の魔法の師であるブルータス様の顔があった。
「きゃ、きゃああ!」
慌てて離れようとしてズキっと身体に痛みを感じる。
「無理に動いたら駄目だよ、薬草で痛みを軽減したとはいえ、怪我をしているんだから」
怪我?
そうだ、私は確かあいつに……。
「ボルギガスはってええ!?」
起きると向こうでボルギガスとルシアさんが戦っている。
ていうか一人で? ブルータス様は?
もうもうと煙がそこら中から立ち上っている。
「い、今はどうなっているんですか?」
「レドナ師匠が戦い始めたのさ。凄いよ、見てみなよ」
レドナ師匠?
首を傾げながらブルータスが指さす方向を見るとうっすらと緑の膜が見える。
「……なんですかあれ」
「風の防御幕だよ。それも三重術式で展開している。それでいてさっき火球を吹き飛ばす為に風の球の四重術式展開だ。相変わらず化け物みたいな魔力量だ」
「三重術式……ですか?」
たまにブルータス様が使う魔法の重ねがけだけど結局どんな意味があるんだろう。
「そういえばリニスは剣士だからって説明したことなかったね。魔法の重ねがけというのは、その言葉通り魔法に何重も魔力を込めてるんだ」
「普通に魔力を込めるのとは違うんですか?」
「違う、普通に魔力を込めるのも悪くないけど、大気や空気中に存在している自然界の魔力によって干渉妨害係数というのを受けるんだ。だからそれを上手く躱しつつ効率よく魔法に魔力を込める制御方法が重ねがけの展開術式なんだ」
「な、なるほど……」
よく分からないけど分かった気がする。
要するに普通に魔力を込めるより重ねがけの方が魔法の威力は増すんだろう。
あれ?
「でもそれならどうして皆やらないんですか? 私が見てきた魔術師でもやっている人は少なかった気が……」
「それは単純に難しいからだよ。魔法を展開してそれに魔力を込めるのってね、制御をミスると暴発するかもしれないし、干渉妨害係数によって掻き消える可能性があるんだ。それは魔力を込めれば込めるほどその危険性は増す」
「へ、へえ……」
じゃあ魔力を単純に込めてるだけでも彼らは優秀だったって事?
「じゃ、じゃあ重ねがけは」
「一つに魔力を込めて制御しながらもう一つ魔力を込めて制御して、更にもう一つ魔力を込めて制御する……これで三重術式だね。さらに必要な消費魔力はどんどん増していくから」
「ふああ……」
し、知らなかった! それは剣士の私でも分かる、凄く難しい……というかそれだけでも神業なのでは?
三重術式をちょくちょくしてるブルータス様ってやっぱり凄い!
ってあれ?
「それじゃ、あのルシアさんがやっているのは……」
魔力を込めた壁を展開しながら更に風の膜を三重術式展開しながら更に風の球を四重術式で放つって……。
「控えめに言って異常だよねぇ……」
「ええ……」
説明だけでも頭がこんがらがりそうなのに、というかルシアさん私より遥かに強くないですか?
イエローに値するか不安でしたのにそれ以前の問題な気が……。
「そういえばレドナ師匠って……」
「不味いね」
「え、不味いとは? ルシアさんがですか?」
やっぱりルシアさんも限界なんだろうか。
ですよね、ルシアさんも強いですがここはブルータス様が出張るべきじゃ……。
「杖がもたないかも……」
言ってすぐ、炎と雷の混合ブレスが飛んできた。
ルシアはすぐさま対応するが……。
「あ……」
遠目にも分かる、杖が壊れ、生身に直撃した。
「逃げましょう」
「要らないよ、師匠なら耐えるよ。それに下手に逃げない方が良い、師匠がせっかく僕らの為に受けてくれたんだし」
余波が左右斜め後ろに飛ぶ。
大きな爆発の後、自分達がいるルシア様の後方以外の地面が削れていた。
そうか、私達の為に受けてくれたんですね。
納得しながら見ていると、今度は空、厚い雲がゴロゴロと鳴っている。
「あれは何でしょう?」
「招雷か……雷が降る」
ブルータス様がそう呟いた瞬間。
雷の柱が乱立した。
生身の状態のルシアだったが、それまでの動きと違い、直撃したと思った瞬間、すぐ横に避けていて、まるで残像のように右に左に瞬時に現れる。
ブルータス様を見ればまっすぐに視線を向けたまま震えている、
「ブルータス様?」
「これ、これだよ。どういうわけかはわからないけど、やはり彼女は師匠だ。レドナ師匠だ」
「レドナ師匠ってルシアさんがですか?」
「ルシア様と呼びなさい。そうだよ、あれは師匠が得意とした付与術。師匠は天恵を三つ持っているからね。そのうちの二つを出してるならそろそろ……」
興奮しているけどルシアさん……いえ、ルシア様がレドナ様……ってそんな事あり得るんだろうか。
「それにしても杖が無くても戦えるんですか?」
「そうだね、近接ならまだしも少々きついか……」
見ていると前で戦っているルシア様がこっちを見て叫んだ。
「今、なんと?」
「分かりました師匠! 受け取ってください!」
自分には聞こえなかったが、ブルータス様は聞こえたようで、喜悦の表情で今現在手に持っているお気に入りと常々自慢していた杖を躊躇なく投げ込んだ。




