地竜ボルギガス
【ウインドブレード】
中級魔法で魔獣を真っ二つにする。
環境が変わったせいか魔獣の質が変わった気がする。
大分山を登ったせいか空気が薄くなり、温度も心なし低くなった。
出てくる魔獣の数は減ったが質は高くなった。
少しだけ魔力を込めながら杖で木々や地面を叩く。
反響は無い。
周囲にこれ以上魔獣はいないようだ。
杖を振り、警戒を解いた。
視線を感じてみるとリニスとブルータスがこっちを見ていた。
「どうしました?」
「いえ、噂には聞いていましたが……」
「…………?」
微妙だったか? 確かに雑だったと思う。
近くで見ていた彼らに被害が無いように魔力も大分弱めにしたし、魔力制御も適当にやったからね。多重術式も必要ないから使ってないし。
「すいません、適当にやり過ぎました。次はもう少し丁寧にやりますね」
「…………」
パチパチと瞬きをするリニス。
ブルータスは微笑みながら頷いていた。
それから私が魔獣を倒しながら道を進んでいく。
リニスもたまに参戦するが何度か手傷を負っていた。
もしかしたらこの山の魔獣は結構強いのかもしれない。
そんな事を考えながら進んでいると、ようやく目的の場所へ着いた。
吹き付ける強い風、骸骨が山を作り、葉もなく荒れ果てた山の頂。
そこで竜が眠っていた。
私達が近づくとゆっくりと目を開ける。
「……誰だ」
鈍く低い声。
言葉を話せる魔獣か、知能の高い上位魔獣だな。
アックスヘッド以上の上位魔獣ねぇ……。
よし、殺そう。
「ここは僕に任せて」
殺意がマシマシな私より先にブルータスが前に出た。
「君、山の麓にある村を襲ったって聞いたよ。駄目じゃないか」
「…………」
地竜は睨むようにブルータスを見る。
「何故我が貴様に指図されなければならない。我をディノハーツ様の部下、ボルギガスと知っての言葉か?」
「ディノハーツ……」
確か山道の途中でリニスが説明してくれたな。
何やら現在6大魔獣と呼ばれる絶大な力を持った魔獣が世界で確認されていて、その中の一体がディノハーツ。『暴虐の王』ディノハーツだったはず。
へえ、そんな奴らがいるのかと思った。
100年前、私は世界を回ったとはいえ目についた奴を片っ端から殺してっただけだし、それかこの100年で力を付けたのかもと思った覚えがある。
寝そべっていたボルギガスがゆっくりと立ち上がった。
その身体は灰色の鱗に覆われた体躯は、非常にでかい。
金色の瞳で見下ろすようにこっちを見た。
『グオオオオオオオッ!』
耳をつんざく巨大な咆哮。
戦闘は免れないようだ。
「やれやれ……じゃあ、先手は貰おうかな」
ブルータスが詠唱を始めた。
え、もう戦うの?
まだ私とかリニスとか避難してないけど。
『来たれ炎の槍、彼の者を貫け』
【ファイアランス・アヴァスト】
無数の炎の槍が何本も飛んで行った。
三重に魔力術式が込められた一撃だ。
魔力の制御も悪くない、相変わらず良い魔法を放つ。
そう思ったのだが、ボルギガスはその炎の槍を身体の一振りで打ち払った。
『ふん、炎とはこう使うのだ』
続けてボルギガスは大きな火球を飛ばしてきた。
【ファイアガード】
ブルータスは炎の壁で受けた。
炎と炎だ、それぞれが破裂し炎塵が舞う。
ってあれ?
リニスの姿が……いた。
さっきの炎塵で視界が見えなくなった瞬間にボルギガスの懐に飛び込んでいた。
「リニス! 待て!」
「貰った」
ブルータスの静止じゃ止まらないリニスが剣を突き立てようとしたが。
『ガキンっ』
強固な鱗を貫けなかった。
「な……」
『ふん……』
直後、ボルギガスの尻尾の横なぎでリニスはそのまま吹っ飛ばされてしまった。
「あぐっ」
木に激突する。
「リニス!」
私とブルータスはすぐにリニスの元へ駆けつけた。
リニスは一発で戦闘不能の様だ。
背中を木に強く打っていて苦しそうだ。
『脆いな』
警戒していたボルギガスだが、追い打ちをかけようとせず満足げにこっちを見ている。
リニスが弱い……とは言わない。
さっきブルータスが魔力を込めた魔法を打ち払うなら、この魔獣は相当やるという事だ。
ただ、責められるべき理由がブルータスにある。
「ブルータスさん……」
「致命傷ではないと思うが」
「ブルータス!」
私は杖でブルータスの頭を叩き、怒鳴りつけた。
「お前は馬鹿か! 戦いを始める時は周りを見ろとお前に私が何度言った! パーティを組んでいる時は実力を見て仲間を後方へ下がらせるか結界を張れ! せめてそれから仕掛けろ! リニスが隣にいるのに戦ったらもしリニスが攻撃を仕掛けなかったとしても、リニスにも攻撃の余波が行くかもしれないだろう! 自分の力を過信せず絶対に被害を出すな。リーフの森での失敗を忘れたか!」
「す、すいません師匠! ……え? あれ?」
「…………ん? あ……」
やばい、前の癖で怒ってしまったけど、今の私はレドナじゃなくてルシアじゃないか!
「いや、今のは……」
「た、確かにリーフの森で失敗しました。あの時、レドナ師匠がいなければ案内人を殺しかけて……? いや、そんな……でもルシアさんは師匠じゃなくて……あれ?」
ブルータスが困惑の表情を浮かべている。
「すいません、ブルータス様。私ったら……」
誤魔化しの言葉を並べているのだがこいつ聞いちゃいねえ。
「歩く癖、見覚えのある無詠唱での風魔法、リーフの森、怒られた内容。いや、まさか……でも師匠なら……死んでも生き返ったり」
それはするわけないだろ。
だが暫くぼんやりとしてからブルータスの身体が震える。
「もしかしたら……いえ、可能性はなくはないです。師匠……だったり……いや、そんな」
恐る恐るという風に遠回しに聞いてくる。
「…………」
否定するのは簡単だ。
何馬鹿な事を言っているんだと。
だが、ふと思いついた。
もし私が本当にレドナの生まれ変わりと分かったら、こいつは私が今直面しているお見合いについて何とかしてくれるのでは?
クロードに尊敬されてるし、追い風になるかも。
なら説得力のある事をしなければならないな。
まだ半信半疑かもしれない。
上手く信じさせるなら、口で言うよりこいつを利用するのが良いか。
「……ブルータス」
「は、はい」
「こいつを私に譲ってくれ、返答は力で見せてやる。リニスさんは任せた。後ろに庇っておけ」
リニスをブルータスに任せて私が前に出た。
『何か用か? 我は今腹も減ってなければ気も立っていない。逃げるならば放っておいてやる』
「村を襲ったと聞きましたけど、村人はどうしたんですか?」
『あ?』
ボルギガスはおかしそうに笑った。
『全て我の腹の中だ。あまり美味くはなかったが逃げまどう声は良かったな』
「そうですか。ならやはり心置きなく殺せますね」
『なんだと?』
「全ての魔獣は私がぶっ殺す」
見下ろすボルギガスを私は睨みつけた。




