貴族令嬢お見合い?をする
リドの村で魔獣討伐をしてから2年が経過した。
窓の外を覗くと、グラムが相変わらずトドルと剣の訓練を行っている。
ただ、2年前と違うのは、グラムがトドルといい勝負をしているという所だ。
グラムはあの出来事以来、意識が変わったようで、剣の冴えが光る様になった。
足さばきも身体の入れ方も私から見ても上手いと思えるようになったし、何よりグラムは大きくなった。
あんなに細かった手足も肉が付き始め太くなったし、身長だってトドルとあまり変わらない程だ。
まあ、クロードにしろルドマンにしろデカいからグラムもそうなんだろうとは思うけど、ちょっと悔しい。
ちなみに私は十二歳になった。
成長はしたのだが、グラムと違って身長は若干伸びたが、グラムに比べるとあまり変わっていないと思う。
胸も少しは大きくなったが誤差の範疇だし、エルほど大きくなっていない。
ただ、問題が起きている。
「ルシア様、奥方様がお呼びです」
「分かりました、すぐ行きます」
多分あれだろうなぁ……と思ったら予想通りあれの話だった。
「あなたにはカーティス家の令嬢として恥じない教育をしてきたつもりです」
「はい、分かっております」
「では今回こそは行ってくれますね?」
「…………」
そう、お見合いである。
貴族令嬢が求められることは基本的に一つ。
他家の有力貴族の嫁に行くことだ。
政略結婚じゃないが、家をより一層繁栄させるために他家の貴族家との繋がりを深くする。
それにより、これまでそれぞれの家で行っていた事も、協力して両家で行う事が出来る。
家を発展させるのにこれほどいい方法はなく、古来より行われてきたことではあるのだが。
「行きたくない……」
自分の部屋に戻ってきて呟いてしまう。
お見合い。
早いか遅いかで言えば間違いなく遅い。
本当ならばもっと前、分別の付く前の子供の頃から婚約者などが決まっていてもおかしくない。
ただ、クロードが自分を溺愛しているし、才能を買ってくれているからこれまでのらりくらりとやり過ごしてきたのだが。
最近は特にエルの攻勢が強く、ルドマンもエルの言葉に同意しているのだ。
はぁ……とため息をつきながら部屋にある鏡を見た。
肩に流れる銀色の髪、人を見惚れさせるほどの綺麗な赤色の目、非常に整った顔立ち。
自分で言うのもなんだが美しい容姿をしている。
これなら貴族の社交界に行けば引く手あまただろうし、実際一度だけ参加させられた貴族のパーティで私を見た事のある貴族達からのお見合いの誘いが十、二十と舞い込むのは必然と言えるかもしれない。
私自身、もしレドナだったらこんな貴族令嬢と結婚しても良かったかもしれないと思うほどだ。
――が、それはあくまでもレドナだったらの話だ。
当然だが現在の私はお見合いやら結婚やらには全く興味ない。
男性に関してもかっこいい男を見た所でふーん……位だし、逆に綺麗な女を見たところで興奮しない。
ある種レドナの頃の記憶を持ったまま性別が前と変わってしまった弊害かもしれない。
とはいえ、私は手元を見る。
母親であるエルに渡された手紙の数々だ。
どれも有力貴族家からのお見合いの手紙だが、顔も知らない相手とお見合いって、それも私が?
辟易する。
だが、一切お見合いをしていない現状、エルとの仲はあまり良くなく、顔を合わせれば怒られるし、ルドマンは困ったように一度くらいは……と言ってくる。
クロードやグラムは私を庇ってくれるが、私の幸せを考えて下さいとエルに言われると二人は、引き下がってしまっている。
私の幸せの形を勝手に決めないで欲しいと思うが、彼女も彼女なりに善意で言っているのであって、それを直接否定するわけにもいかないしなぁ……。
「うーん……」
窓に肩肘付けながら悩む日々を過ごしていた。
そんなある日、カーティス家を訪問する者が現れた。
部屋で本を読んでいると窓の外から一台の馬車が屋敷にやってくるのが見えた。
ルドマンかクロードへの客人だろうか。
一つ欠伸をしてから再び本に目を戻す。
パラパラと読んでいるとメイドが私を呼びに来た。
またお見合いの話だろうか、いや……馬車が見えたからお見合いの貴族が直接来たとかか?
うへぇ……と半ばうんざり気味に応接間に向かうと中にいるのはルドマンとクロード。
ルドマンの表情が少々困っているように見えるのは気のせいだろうか。
というか対面しているのは女性だ。
私のお見合い相手はまさかの女性という事だろうか。
そりゃ確かにルドマンも困るよね。
「お父様、お呼びでしょうか?」
内心引きながらも顔に出さない様に声を出すとルドマンが手で目の前の彼女を指し示す。
「ルシア、彼女が君に用があるそうだ」
やはりお見合いか。
まさか最初のお見合い相手が女性とは……貴族のお見合いって同性もあり得たのか……。
「初めまして、ルシア・カーティスと申します」
ドレスのスカートの端をつまみながら丁寧に礼をすると女性も立ち上がり一礼する。
「これはご丁寧に。私は魔協のリニス・ペッキオと申します」
眼鏡の似合う綺麗な女性で、年齢は私より上に見える。
「魔協……?」
何それ、聞いた事が無いな。
「失礼、魔獣抹殺協会……通称魔協です」
「へ、へぇ……」
そんな物騒な名前の協会があったのか、昔はそんなの無かったな。
もし私を勧誘に来たなら速攻で入らなければ。
「ルシア、こちらへ」
「は、はい。お父様」
私はルドマンの隣の椅子に座った。
「そして少々到着が遅れていますが……と、来ましたね」
「すいません、遅くなりました」
遅れて現れた人物の顔を見て私は思わず顔をしかめてしまった。
現れたのはとても顔の良い男だ。
黒髪黒目、高身長、優し気な顔で杖を持つ姿は様になっている。
見た目は非常に良い。
だが……。
「おお! もしやあなたは!」
クロードが珍しく興奮して声を上げる。
彼を見る目はキラキラしていてまるで少年があこがれの人に出会ったような反応だ。
まぁ、度々聞かされてはいたけど、やはりクロードは彼を尊敬しているようだ。
その度に何で生きてんだよと内心イラっとしていたレベルだ。
忌々しい。
「座っても?」
「はい、どうぞ。英雄殿にこんな所は不似合いかもしれませんが」
クロードの言葉にいえいえ……と言いながら男は、リニスの隣に座った。
リニスはこほん……とわざとらしい咳をしてから手で指し示す。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが説明いたします。彼がこの魔協の創設者であり現会長を務めます」
「初めまして! 魔協の会長をしております、ブルータス・ケルディムと申します。僕の事はブルータスとお呼びください」
そう、昔の弟子ブルータスが目の前に現れたのだ。
「ブルータス殿と言えば大魔導士レドナ様の弟子として……」
「いやぁ……師匠にはよく怒られましたよ」
「ブルータス殿がですか? ブルータス殿自身相当な魔導士と聞いていますのに……」
ワイワイ話しているが何だこれ。
ていうかこいつ魔協なんて組織作ってたのか。
その割には魔獣が余裕で人里にいるんだけどその辺はどうなってるんだ。
こいつ作っただけで仕事してない?
もしや私の言いつけを守らずにサボっていたのか?
じっと見つめているとブルータスは、私の視線に気付いたのか一瞬びくっとしてから困ったような表情を浮かべた。
「えっと……何か?」
おっと、つい睨んでしまった。
もし私がレドナだったらお前は今まで何をやってたんだと杖で叩いていたところだ。
「ブルータス殿、いかがされましたか?」
「いえ、ちょっと見られているなと……」
ブルータスの言葉にクロードが思い出したように私の肩を掴んだ。
「この子は私の孫でルシアと申します。魔法の才能があり魔協に認められてしかるべきと考えております」
「父さん!」
ルドマンがクロードに言いすぎだと言外に言う。
まあ、ルドマン的には魔協に入れるよりどっかの貴族に嫁入りして欲しいからそうだよね。
「ああ、リニス。彼女が例の?」
「はい、そうです」
二人で頷く。
ていうかこいつら何しに来たんだろう。
瞬きをしているとずいっとリニスが前のめりに出てきた。
「まずはこちらを……」
出してきたのはカッコいい模様がデザインされた黄色いカードだ、斜め下には魔協と掛かれている。
「これは?」
首を傾げる私をリニスが優しく微笑む。
「私共がこちらに来た理由の一つです。あなたは当協会よりイエローカード相当だと評価されましたのでこちらを贈呈します」
おお、イエローカード!
――ってなんだよそれ。
説明を求める視線を送ると再び咳払いしてからリニスが説明を始めた。
10年前にブルータスが立ち上げた魔協の歴史から始まって……大分説明が長かったから割愛するが、要するにこのカードは魔協からあなたはこの位実力がありますよって言う証明書みたいなものなんだそうだ。
色が実力を示すらしく。
下からホワイト、ブルー、イエロー、グリーン、レッド。
続けて石札持ちと呼ばれるシルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ。
そして更に上位としてマスター、ブラックと続く。
何で最上位がブラックなんだよ、という質問には会長がそう決めたからとしか言わなかった。
ちなみにこれは魔協に入っていたら貰えるとかではなく、魔協が出来てから10年、魔協が認める成果を上げた相手なら誰にでも送っているらしい。
「……私がイエローカード相当な理由を聞いても?」
「まずピッケルドッグの群れを倒したという情報と上位種であるアックスヘッドを単独撃破の報告があり、調べた結果事実と判明しましたので。つまりはそういう事ですね」
ああ、あれか。
でもそれ……。
「2年前の話ですけどね」
「遅れた事は謝ります、多数の協会員が情報を集めていますが世界中に成果を出している方がいて、更にルシアさんは初のカード取得となりますので情報の精査で余計に遅れまして……取得後は問題ないと思いますがご容赦を……」
平謝りされた。
でもまそういう理由なら仕方ないか。
「聞きたいのですが、過去に儂も大きな魔獣を倒したのですがカードを貰えるのですか?」
クロードの質問を受け、ひそひそとブルータスと相談を始めたリニス。
「申し訳ありません、10年以内に倒したのでなければ難しいかと。勿論、今後魔獣を倒し続けたなら可能性はあります」
「そうですか……」
残念そうに引き下がるクロード。
クロードの過去って多分20や30年前だろうから難しいだろうね。
「そうだ、ねえリニス。今回の依頼の件だけど、彼女も連れて行ってはどうだろう? 彼女は若く実力がありそうだ、場合によっては弟子にしても良いかなって思ってる」
「彼女をですか? ブルータス様が言うなら私は止めませんが……」
リニスがちらっと私を見る。
いったい何の話だろう。
「えっと?」
首を傾げる私に対し、ブルータスはにこりと笑みを浮かべた。




