貴族令嬢アックスヘッドと戦う
私達は一気に飛び出した。
グラムは途中で軌道を変え、ピッケルドッグの群れの中に飛び込む。
心配していたが、やはりグラムは思った以上に戦えているようで、傷一つ負わない。
まあ、加速の付与もしてあるし、やばそうなときは私が援護しよう。
グラムを視界に入れながら私はそのまま上位種であるアックスヘッドの下へ向かう。
速攻で仕留める。
前に広がる数匹のピッケルドッグをそのままスルーしてアックスヘッドへ近づいていく。
杖がどこまで耐えられるか分からない為、魔法は使わず、風の刃を纏わせてそのまま斬ろうとしたのだが、アックスヘッドはそれを呑気に見てはいない。
『ヲヲヲヲォッ!』
声を上げながらその手に持ったでかいアックスを振り下ろしてきた。
速度は予想より早く、咄嗟に横に避けると近くのピッケルドッグごと潰してきた。
地面には大きな穴が空き、ピッケルドッグのひしゃげた死体が晒されている。
レドナだった頃に戦った事は無いが、辞典によれば攻撃方法はアックスを持って叩く位だ。
「危ない」
横薙ぎの一撃を避ける。
木々にアックスが当たると根を残した状態で上だけ飛んでいく。
凄い力だ。
力だけなら相当なものだ。
最も、攻撃を避け続ければそう怖いものではないけど。
避けるたびに風切り音が耳に入ってくる。
これはなかなか近づけないな。
耐久性に不安があるからあまり使いたくないけど仕方がない。
【フーガ】
私は走りながら風魔法を唱えた。
三本の風の刃が飛んでいき、アックスヘッドの肩口を抉る。
――が。
「浅いか」
アックスヘッドは身体も大きいため、出した刃ではあまりダメージを与える事は出来なかった。
次は上級魔法で……。
そう思っていると、アックスヘッドが暴れだした。
地面を叩き、木々を叩き、アックスを持っていない方の手で自分の身体を叩く。
覚えのない行動だ。
辞典にはこういった行動は書かれていなかったけど、特殊な何かか?
頭に血が上った時のみに行う動作だろうか。
魔獣によってはたまにこういう不可解な行動をとる魔獣もいる。
大体何かを狙っている事が多いが。
私はちらっとグラムの方を見る。
グラムは上手く戦っている。
ピッケルドッグの数があまり多くないというのもあるが、囲まれない様に上手く立ち回っているのは良い。
けど、時間をかけてはいけないな。
いつこいつのヘイトがあっちに向かうか分からない。
ここで決める。
私は足に力を込め、一気に距離を詰めた。
杖で喉を……。
飛び込もうとした直後、アックスヘッドの腹のあたりから大きな岩が飛び出してきた。
咄嗟に後方へ飛ぶ。
何だ今の、岩を生成した? アックスヘッドが?
そんな行動を取るとは知らなかった。
無詠唱? いや、準備してやったのか?
頭の中を疑問が駆け巡る。
もしかしてさっきの叩くという行動、もしかして。
気付いた瞬間、私は地面を見る。
自分の周囲にある四か所の穴、アックスヘッドが舌なめずりしながら前に出てくる。
「これは……」
急に視界が傾く。
否、地面が私の身体を押し上げる。
続けて上からは巨大アックスが振り下ろされる。
逃げる時間もなく、上下から同時攻撃が炸裂した。
「ね、姉さん!」
『ヲッヲッヲ』
グラムの心配声の後、笑い声が聞こえてくる。
勝利を確信したような、ふざけた声だ。
「嬉しそうですね」
私は岩を左右に割った。
ぴたりと笑い声が止まるアックスヘッド。
まぁ、最初避けといてあれだけど。
そもそもこんな岩程度で風の鎧を突破できるわけないよね。
杖を魔獣に向ける。
「もう一匹いたらと考え杖が壊れない様弱めに魔法を撃ちましたが、どうやらあなた一匹だけの様ですね。ならもう終わりにしましょう」
私は杖から風の球を飛ばした。
村で放った物より遥かに大きく魔力を凝縮した奴を。
高速で飛んでいくそれは、アックスヘッドが盾にしようとした武器を貫き、そのまま顔に風穴を開ける。
地面を揺らしながら後ろに倒れる顔の無くなったアックスヘッド。
それを見て残っていたピッケルドッグ達は一目散に逃げ出していった。
「すみません、姉さん」
「大丈夫ですよ、もう少しですから頑張りましょう」
遺品を持って森の入口へ向かっているとグラムに謝られた。
私がアックスヘッドと戦っている間ピッケルドッグと戦っていたグラムだが、足にピッケルドッグの武器が当たったようで重傷とまではいかないが、怪我をしていた。
一応街で買ってきた薬草で多少の痛みは緩和しているが、所詮は薬草。
後でしっかり見て貰わないといけないね。
「よく頑張りましたよ」
これは本当だ。
ピッケルドッグは7、8匹位はいたし、それを囲まれる事なく戦って数匹倒していたのだから、グラムは相当頑張ったと言えるだろう。
怪我はしたけど、十分だ。
「姉さん一人ならどうだったでしょうか」
グラムが表情を曇らせた。
どうって言われると、多分無傷で帰ってきたと思うけど、それを言うと落ち込むよね。
私としてはグラムに経験を積ませたかったというのもあるし。
「さあ、やってみないと分からなかったですね」
玉虫色の返答をしておいた。
暫く歩き、ようやく森の出口が見えてきそうな所で誰かが立っているのが見えた。
「ん? おお!」
「あ、あなたは!」
クロードと少し前に助けたセトムが声をあげて近づいてきた。
「爺ちゃん!」
「おう、グラムも無事か。怪我をして戻ってきたのか。まったく……」
「良かった、間に合いました」
クロードは少し微笑んでから、すぐに真剣な顔になる。
「無事に命を失わずに帰ってきたなら何よりだ。怒るのは後でにしておこう。でかいのもいるらしいし、後は儂らに任せておけ」
後ろを見ればクロードは結構な兵士を連れてきたのが分かる。
トドルも後ろの方で呆れたように笑っている。
ただ勘違いしてるな。
「お爺様、何か勘違いをしているのではないですか?」
「勘違いだと?」
「はい。でかい魔獣、アックスヘッドは私達がもう倒してしまいましたよ」




