2日目 -1- つきまとうコンプレックス
夢を見た。
『なぁ。おまえ、もう誰か誘ったか?』
『何の話だ?』
『夏祭りの時のパートナーだよ。一人で見物じゃ格好悪いぜぇ』
『ああ、そっか。そろそろだよな。えーと、エリスとか』
『エリスは俺が狙ってんだよ!』
『そ、そっか、悪い。うーん、マリエン誘いたいけど断られるだろうしなぁ。レイラは……』
『もう他の奴が誘ってたぞ』
『えっ、そうなのか。他に残ってそうな女って誰だよ』
『……おまえ、リンカ誘ってみれば?』
『えぇー、リンカなんて嫌に決まってるだろ。だいたいさ』
『なんだ?』
『あいつ、男じゃん』
『あはは、言えてる』
* * * * *
そこで、ハッと目が覚めた。
目だけを動かして辺りを見れば、カーテンからは眩しい朝の光が漏れている。
(……ああ、夢か……)
ホッと息を吐くのと同時に、私は、自分の身体から力が抜けていくのを感じていた。どうやら私は、夢を見ながら身体を強張らせていたらしい。
憂鬱な気分のまま身を起こし、ベッドから足を下ろす。病気でもないのに身体が怠い。
(……ただの夢ならよかったのに)
そんなことを考えながら、私は着古した夜着を脱ぎ、のろのろと服を着替えた。
まさか今ごろ、子供の頃の夢を見るなんて思わなかった。昨夜、寝る前に余計なことを考え掛けたせいだろうか。慌てて振り払ったのに、それは消えることなく意識の下にしっかり潜んでいたらしい。
──昨夜、私はこう考え掛けたのだ。
『まさか私、今でも男に見えたりしないよね?』と。
子供のころの私は、本当に男の子みたいだった。
面倒だからと髪も伸ばさず、身なりにも頓着しなかった。そこら辺を駆け回るときなんか、どうせ汚れるからとジェイのお古を着ていたくらいだ。
ジェイからは『いくら何でもおまえ』と嘆かれ、伯父さんからは『もっと可愛い服を買ってあげるよ、リンカ』と涙目で訴えられたけれど、それでも私はそのままだった。お洒落に興味のなかった当時の私は『動きやすいのに何がダメなんだろう』と本気で思う残念な子供だったのだ。
ただそんな私でも、あの会話を立ち聞きしたときは、さすがにすごく悲しかった。
『あいつ、男じゃん』
バカにしたようにそう言って、笑い合っていた同級生の男の子たち。
あれから私なりに努力をして、今では、ごく普通の容姿になれたつもりになっていた。……だけど。
(それって、本当にそうなの? 本当は、何も変わってないんじゃないの?)
鏡の前に立ち、自分の全身に目を走らせる。
頑張って伸ばした髪のせいで、パッと見だけなら、確かに印象は変わった気がする。スカートだってはくようになったし、男だと間違われることもないだろう。
でも良く考えれば、昔と違うと言い切れるのは、髪の長さと服装くらいのものなのだ。
せめて、マリエンみたいに胸でも大きければ良かった。
全体的に細身な私は、それなりに凹凸はあっても、それが印象に残らない。長く伸ばした銀髪だって、面白味もなく真っすぐで、華やかさにも欠けている。
『あいつ、男じゃん』
夢の中の言葉が、頭から離れない。
顔をくしゃりと歪ませ──私は左右に首を振った。
(──ううん、大丈夫。大丈夫だ)
私はきつく目を閉じ、無理やり自分に言い聞かせた。
こんなふうに悩むくらいなら、今まで以上に努力しよう。もっと髪の手入れに時間をかけたり、お洒落に気をつかったり、まだできることはきっとある。
今の私は、短い髪を振り乱して走り回っていた、子供の頃の私とは違う。
……もう、違うはずなんだ。
* * * * *
その日の夜、ジェイの店を訪れた私は、まずは厨房に顔を出した。
「なんだ? リンカ。昼に何か話し忘れたのか」
「ううん。そうじゃないけど」
伯母さんからの伝言は昼間のうちに伝えたので、今、話すことは特にない。
「もし忙しいなら、手伝おうかと思って」
「ああ、そうか。いや、それほど混んでないから飲んでていいぞ。ほら」
ジェイは私に向かって空のジョッキを差し出してくれた。勝手に酌んで持って行けということらしい。
「ありがとう、ジェイ」
私は彼の言葉に甘え、ビールを貰って行くことにした。
(あれ?)
厨房から出た私は、ふとその場で足を止めた。
いつの間に来たのか、ルーフィスとマリエンが一緒のテーブルで食事をしていたのだ。
私は、二人の傍まで行って声を掛けた。
「珍しいね。二人で一緒にいるなんて」
三人で一緒にというのは良くあるが、この二人が差しで座っているのは珍しい。
「あ、待ってたよ。リンカちゃん」
「待ってた?」
「うん。きっと後から来るだろうって、マリエンと話してて」
「そうそう。ま、立ってないでここに座んなさいよ。ほら」
マリエンはそう言って、空いていた椅子の座面をポンポン叩いた。席がちゃんと用意されているあたり、本当に私が来ることを前提に待っていてくれたみたいだ。
「そうだったんだ。ありがとう」
何だか嬉しくなった私は、お礼を言って空いていた椅子に腰掛けた。
「今ね、ルーフィスと子供の頃のことについて話してたのよ」
「えっ。子供の頃?」
「うん。僕は最初からこの街にいたわけじゃなくて、子供のときに引っ越してきたでしょう。だから、第一印象の話」
どうしてそんな話に、とは思ったが、雑談が謎の広がりをみせるのは良くある話だ。
私は素直に二人の話に乗ることにした。
「へえ、第一印象かぁ。どんなだったの?」
「そうね。ルーフィスを最初に見たときは、あたし、本当に『女の子じゃなくて良かった!』って思ったわ」
「えっ、何それ?」
何だか想像とは違う回答が返ってきてしまった。
「だってルーフィスが女の子だったら、何かすごいライバルになりそうじゃない!? 大人しくて可愛くて頭がいいなんて、ホントあいつの好……いえ、えぇと、自分には真似できないものが揃ってて、厄介だなって思ったのよね」
マリエンの言葉に、私はちょっと驚いた。
確かに私も、ルーフィスを『中性的で綺麗だ』と思ったことならある。けれど『ルーフィスが女の子だったら』なんてところまでは、一度も考えたことがなかったからだ。
でも今の話を聞いて、私は別の興味がわいてきた。
「ね、マリエン。それじゃ、私の印象は?」
次話◆衝撃的!? 私に対する第一印象