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1日目 -4- 図書館の王子様

「えっ?」

 私とルーフィスは、驚いてほとんど同時に振り返った。


「あれっ、マリエン」

 そこに立っていたのは、親友のマリエンだった。綺麗な緑色の瞳が、半分笑いを(たた)えたように私達を見下ろしている。

 

「目立つわね、ルーフィス。鳩の群れの中に白鳥を放り込んだみたい」

「あっ、ホラ。やっぱり目立つってー」

 なぜかフィリオが得意そうに言い、マリエンは不思議そうな顔をした。

「やっぱりって、何よ? まあ『図書館の王子様』がこんなところにいたら、嫌でも目立つでしょ」


「図書館の王子様?」

 私は驚いて聞き返した。フィリオも初耳だったのか、同じように聞き返す。

「何ソレ?」

「何って別に、そのままよ。前に、女の子達がこっそり呼んでたのを聞いただけ」

「へー。なんともルーフィスらしい異名だね、ソレ」

 言いながらフィリオが頷いたけれど、私もまったく同感だった。

 図書館の王子様。

『王子様』といっても、別に王族の誰かに似ているとか、そういったことじゃない。容姿を含めた(たたず)まいが、ルーフィスは実にそれっぽいのだ。


(でも)

 私はそこでチラッとルーフィスの顔を見た。

 彼はさっきからずっと、困ったような笑みを浮かべたままだ。騒がれるのを好まないルーフィスにとって、きっと、こういう話をされるのは嬉しいどころか居心地が悪いだけなんだろう。


 ルーフィスの心中を察して、私は話題を変えることにした。

「それはともかく。フィリオ、仕事は?」

「ああ、そっか。そーだった」

 適当なフィリオは、さっきとまったく同じことを答えている。


「そーだった、じゃないよ。もう」

「いーじゃない。これでも仕事は何とかなってるよ? キビシイなー、リンカは」

「私が“キビシイ”んじゃなくて、フィリオが“オカシイ”の」

「え、そーかなぁ」

「……」


 私は、それ以上言うのを諦めた。同じように受け流されるのが目に見えたし、それに、彼の言う通り、結果的に仕事は何とかなっているのだ。適当なのに要点を外さないフィリオの仕事ぶりは、もう、一種の才能かもしれない。


「ま、いいや。注文を取るよー」

 呑気にそう言ったフィリオは、今度こそきちんと注文を取ると、私達の元を去っていった。


「ほんと、フィリオは相変わらずね。……あたしもここに座っていい?」

「うん。座って座って」

 普通にマリエンを迎え入れた後で、私はポツリと呟いた。

「だけどマリエンと一緒だと、つられて飲み過ぎそうになるんだよね」


 マリエンは華やかな金の髪が似合う美人だが、その女らしい外見に反してかなりの酒豪だ。

「つられるったって、あんたはほどほどにしておきなさいよ、リンカ。飲みすぎると──」

「い、今はいいよ。その話は」

 マリエンに話を振られ、私は早口で遮った。


 去年二十歳の誕生日を迎えた私は、この店で皆と一緒にお酒を飲んだ。

 この国では二十歳になるまで飲酒が禁止されているので、私がお酒を飲んだのはそれが初めてだったのだけれど――消せるものなら記憶を消させてほしかった。私のではなく皆の記憶だ。だってちょっと恥ずかしすぎる。


(酔っ払い過ぎて、ジェイに(かつ)がれて帰ったなんて!)

 恥ずかしさのあまり、私は拳を握りしめた。よりによってルーフィスの前で、そんな話は蒸し返さないでほしかった。……まあ、あの場には彼もいたので、今さら隠しようもなかったが。

 そんな私の気持ちをわかっているのか、マリエンはニヤッと笑っただけでルーフィスのことへと話題を変えた。

 

「ま、いいけどね。んー、それにしても、ルーフィスがまだ飲めないってのが残念よね。つまんないわー。絶対いける口だと思うんだけど」

「そう? でも僕、もうすぐ誕生日だから」

「あっ、そういえばそろそろよね」

「うん。あと少しで二十歳になる」

 ルーフィスが答えた通り、彼の誕生日はもう数日後に迫っていた。


「お酒も飲めるし、結婚もできるよ」

(!)

 結婚という言葉を聞いた瞬間、私の心はざわついた。

 そんな私の隣で、マリエンは特に気にする風もなく相槌を打つ。

 

「そうね、男の人ってそうだったわね。女の子の結婚には年齢制限なんてないのに、なんでかしら」

「ああ、それって昔の徴兵制度のなごりらしいよ。もう百年以上も前だけど、昔は二十歳で兵役に就かされてたわけでしょう。危険に身を晒す代わりに、一人前として認めて権利を与えるってことだったんだって。お酒を飲めるのも――結婚できるのもね」

「へぇ、初耳」

 さらっと説明するルーフィスに、マリエンは感心したように呟いた。


 19歳という年齢に似合わず、ルーフィスの知識は幅広い。

 勤めてからもこつこつ勉強しているルーフィスの努力を思い返して、私は素直にこう言った。

「何でも良く知ってて、すごいよね。ルーフィスは」

「仕事柄、いろんな本に目を通したりするからね。別にすごいわけじゃないよ」

「……」


 ルーフィスの口調は、とても謙遜とは思えないものだった。

(容姿も能力も人並み以上で、努力家で、女の子にも人気で、それなのに)


 私は前から不思議だった。(うぬ)()れるどころか、ルーフィスの態度はどう見てもその逆だ。

 そういう控えめさがかえって彼の魅力になってはいたけれど、どこか歯がゆい気持ちにもなってしまう。なぜかルーフィスは、昔から自分を割り引いて見ているようなところがあるのだ。


 まるで、自分では到底敵わない何か、敵わない相手──そんな存在でもいるかように。

次話◆敵わない相手

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