エピローグ -1-
後でまた、と約束して、ルーフィスは家に戻って行った。
時間が時間だけに、私達は、お互いに朝食もまだだったからだ。
──アリシア伯母さんが旅行から帰って来たのは、そんなこんなで、私の頭が最高にふわふわしている時だった。
* * * * *
「あの、伯母さん。その山は」
「ええ。全部、お土産よ」
居間のテーブルの上を指し示しながら、伯母さんはにこにことそう言った。
そこには、商売でも始めるつもりかと問いたくなるような、ちょっとした商品の山が築かれている。
「……ずいぶん、買い込んだんだね」
「あら。これでも、あの人に言われて少し減らしたんだけど」
減らしてこれなら、元はどんなだ。
伯父さんが止めてこの有様だなんて、止めなかったら、一体どんなことになっていたんだろう。
半ば呆れつつそんなことを考えていると、その気配を感じ取ったのか、弁解するように伯母さんが言った。
「だってね、リンカ。ほら、後で足りなくなったら困るじゃない? ちょっと多い分にはいいと思うのよ~」
いや、どう見ても、ちょっとという範囲を超えている。まあ確かに、お土産の場合、後から買い足せないのが困るというは分かるけれど。
「本当にねぇ、見る物全部、珍しくって。これなんてすごいわよ~。毒まだらヘビの佃煮ですって」
「ど、毒まだらヘビ!?」
信じられない単語を聞いて、私の頭にふわふわと咲いてた花が、一瞬で吹っ飛んだ。
「リンカも食べたことないでしょう」
それは食べたことないというより、食べたくない。
「あ、あの、伯母さん」
「心配しなくても大丈夫よ、毒のある部分はちゃんと取り除いてあるから。……ごく稀に、あたる人がいるらしいけど」
それは大丈夫って言わないだろう。
伯母さんのことだから、変わった物を買ってくるかも、と心構えはしていたけれど、想像を軽く超えるキワモノだ。
私が青ざめていると、どういう勘違いをしたのか、伯母さんが言い足した。
「あ、ヘビなんて不味そうって思ってるなら、心配ないわよ。脂がのってて美味しかったわ~」
食べたのか!
というか、心配のしどころが絶対におかしい。私は別に、味の心配をしているわけじゃない。
「それでね、すごく美味しかったから、ルーフィスの分も……」
「ルーフィスの分!?」
私は絶望的な悲鳴を上げた。
いや、だって、ただのお土産ならまだしも、ルーフィスへのお土産はお礼も兼ねているはずだ。お礼に渡すのが毒ヘビの佃煮なんて、嫌がらせ以外の何者でもない。
「お、伯母さん。その山の中にもっとマトモ……いえ、普通の物もあるよね? ルーフィスは多分、毒ヘビは好きじゃないと思うな!」
「あら、リンカも同じことを言うのねぇ。そうなのよ。わたしはこれがいいと思ったんだけど」
(けど?)
「残念だわ。あの人が『身内以外には止めた方がいいよ』って言うから……ルーフィスには、これね」
そう言って伯母さんが山の中から取り出したのは、金花茶の茶葉だった。
(お、伯父さん、ありがとう……!)
私は思わず、心の中で伯父さんにお礼を言った。
伯父さんのお陰で、ルーフィスに『毒まだらヘビの佃煮』なる珍味を渡す惨事は、どうにか免れることができたようだ。
* * * * *
「それでね、もう少しで、毒まだらヘビの佃煮になるところだったよ」
「毒まだらヘビ?」
ルーフィスは、ちょっとびっくりしたように目を瞠った。
それはそうだろう。私だって、お土産にそんな物を渡すと言われたら、同じ反応をしてしまう。
「うん、ごめんね。でも、伯父さんと私で、ちゃんと阻止したから!」
「そうなんだ。どんな味なのか、ちょっと興味はあるけど……貰うなら、やっぱりお茶の方が嬉しいかな」
私から金花茶を受け取ったルーフィスは、話の顛末を聞いて、楽し気にクスクス笑った。
お土産を手に訪れた私を、彼が案内してくれたのは、昨日と同じ応接室だった。
室内には明るい午後の日差しが差し込み、庭に小鳥が来ているのか、窓越しに楽し気な囀りが聞こえてくる。
昨夜もここへ来たはずなのに、同じ場所とは思えないほど、今日はまったく雰囲気が違っていた。昼と夜との違いもあるけれど、それだけじゃなく、昨夜は互いに張り詰めた状態でいたせいだろう。
……今も、別の意味で少し緊張はしているけれど。
なにせ私達は、今朝、想いが通じ合ったばかりなのだ。こうして改めて顔を合わせるのは、ものすごく気恥ずかしい。
あまりに恥ずかしいので、私は今朝のことには一切触れず、お土産の話を続けることにした。
「名産だけあって、金花茶にも細かく種類があるんだって。これは、伯父さんのお薦めみたい」
「うん、そんな気がしたよ。アリシアさんが選んでたら、きっと、もっと面白い物になってるよね」
……長い付き合いだけあって、ルーフィスは実に良く分かっている。
ご明察のとおり、伯母さんは最初、ものすごく好みの分かれそうな『金花茶とキノコの併せ茶葉』なるモノを買おうとしていたらしい。いや、キノコって。
珍しさに重きを置くのは、本当に止めてほしい。家族相手ならともかく、他人様に渡すにはなかなかの珍品だろう。
「それにしてもこれ、多分、かなり良い茶葉だよ。こんなの貰ってよかったのかな」
「遠慮することないよ。お礼も兼ねてるんだから」
伯父さんお薦めの一品は、どうやらルーフィスのお気に召したらしい。伯母さん一押しのキノコ茶じゃなくて、本当に良かった。
ごく真っ当な感覚を持っている伯父さんは、ここでも良い働きをしてくれたようだ。後で、お礼の手紙を書くことにしよう。




