10日目 -4- 告白
「どうして僕にあんな薬を飲ませたの。ジェイに飲ませる前に、そんなに効果を確かめたかった?」
(──ジェイ?)
どうしてルーフィスの口から、いきなりジェイの名前が出てきたのか分からなかった。いや、そんなことよりもっと、私はどうしてルーフィスに気づかれてしまったのかが、分からなかった。
当たり前の話だけれど、薬のことなんて、私は口に出したりしていない。ただ見ただけじゃ、あれが惚れ薬なんて、普通はわかるはずもない。
(それなのに、どうして……)
とにかく少しでも落ち着こうと、私は目の前のカップに手を伸ばした。
震える指先に、器越しの熱さが伝わってくる。それでも、さっきまでの火傷しそうなほどの熱は無い。飲めないことはなさそうだと、私はカップを口元へ運んだ。
そのとたん。
「リンカちゃん」
まるで私を止めるように、彼が私の名を呼んだ。
「こんなに言ってるのに、君はまだわからないの? どうして何の疑問もなく、飲もうとしたりするのかな」
「え……」
ルーフィスが、視線で、私の手にしたお茶を指す。
「それ、君が僕に飲ませたのと同じ薬が入れてあるよ」
(!?)
カシャンと、カップを戻すときに派手な音を立ててしまった。夜の静けさの中に、その音だけが大きく響く。
たった今言われたことが衝撃的で、すぐには口をきくこともできなかった。
じっと私を見ているルーフィスと、目の前のお茶を見比べる。
「そんなこと、想像もしていなかったって顔だね」
「ルー、フィスが、どうして」
問い掛けた私の声は、自分でもわかるほどに震えていた。
「どうして? そんなの、君のことが好きだからに決まってるよ」
「──」
ルーフィスが私を好き?
それは、とても素直に信じられる話ではなかった。幼いころの単純な好意が恋へと変われば、態度もそれに伴って変わるはずだ。けれど、私に対する彼の態度は何一つ変わっていない。子供のころからずっと変わらない彼が、いつから私に恋なんてしていたというのか。
(まさか。これって、薬のせいなの?)
そう思ってしまうくらい、私にとってルーフィスの話は、有り得ないことだった。
だけどそれなら、彼が惚れ薬を持っていたのは、どういうことなんだろう。私じゃなくて、他の誰かに使う気でいたんだろうか。
けれどルーフィスは、こんな薬なんて必要ないくらいに魅力的だ。黙ってたって女の子が寄ってくるのに、必要もない薬を、どうして──。
そんな思考を巡らせていると、私の様子を見ていたルーフィスは苦笑した。
「そこまで有り得ないって態度を取られると、傷つくな。そんなに僕は、君の眼中になかった?」
「え」
「だって、普通、気がつくよね。僕、明らかに他の女の子と君とで、態度を変えていたのに」
「そんな……まさか、ルーフィスが、私を好きなはずは」
「どうして?」
「だってルーフィス、子供のころからずっと変わらないのに。私に対する態度なんて、昔から、どこも」
「変わらないって、それはそうだよ」
「え?」
「僕は、子供のころからずっと、君のことが好きなんだから」
(!?)
私は全身、硬直した。さっき『好き』って聞いたときより、もっと信じられない気持ちだった。ルーフィスはいったい、何を言っているんだろう。
「こ、子供のころ!? 子供のころなんて、私、男の子みたいで」
「そう? 僕はそういうの、どうでも良かったけど」
「そのせいでルーフィスに、恥だってかかせて」
「恥? 僕は君といて恥ずかしいと思ったことなんて、一度もないよ」
息を飲む。
ルーフィスが私を好き? 訳がわからない。
子供のころからずっと好き? もっと訳がわからない。
けれど混乱する私の前で、ルーフィスの告白は続いた。
「僕はずっと君のことが好きだったよ、リンカちゃん。だから他の人を想う君を見るのは、苦しくてたまらなかった。さっき、あの薬を見せられたときだってそうだ。ジェイのために、君はこんな真似までするんだと思ったら──心臓を握りつぶされるかと、思った」
血を吐くような顔で想いを吐き出すルーフィスに、私の胸までがギュッと痛む。
さっきから、ルーフィスがどうしてここまでジェイにこだわっているのか、その理由はわからなかった。
だって私にとって、ジェイは家族だ。……ああ、でもだからこそ、私は平気でジェイに甘えていたかもしれない。それを傍から見れば、何か勘違いされるようなことがあったのかもしれない。
早くルーフィスの誤解を解こうと、私は考えもまとまらないままに口を開いた。
「ジェ、ジェイは、関係ないよ」
「関係ない?」
「私は、ルーフィスのことが好きだから」
「──」
今、私は彼の気持ちに応えて、愛の告白をしているはずだ。確かにそのはずなのに、この居たたまれなさはなんなんだろう。ルーフィスのまとった苦し気な空気は、ほんの少しも和らがない。
夜の静けさが、私の上に、重くのしかかってくる。
「君が、僕を?」
そう聞き返したルーフィスは、少しも嬉しそうじゃなかった。むしろその表情は、さっきまでよりも険しいくらいだ。
「リンカちゃん、それは同情? 君は、僕をそんなふうには見てないよね。だって、今まで僕がどれだけ君を褒めても、どれだけ君を口説いても、ぜんぶ綺麗に受け流していたのに」
目を閉じて自嘲気味に告げたルーフィスに、私は目を見開いた。
(ルーフィスのあれって、そういうことだったの!?)
驚くのと同時に、今まで彼に言われた台詞の数々が、頭の中に浮かんでは消える。
まさかルーフィスがそんなつもりで言っていたなんて、これっぽっちも思わなかった。衝撃の事実に、まるで頭が追いつかない。
「で、でも、ルーフィス。私は本当に」
「こんな死にそうな顔で好きだって言われて、可哀そうになった?」
「そうじゃない。私は」
「駄目だよ。今だって無理やり自分の気持ちをねじ伏せてるのに。そんなことを言われたら」
これ以上は黙って、というようにルーフィスがその視線で私を止める。
「その優しさに付け込んで、僕は君を傷つけてでも手に入れるよ。でも、そんなことをしたら、僕はきっと──自分で自分を殺したくなる」
「!?」
あまりにも物騒な発言に、私はぎょっとして口を噤んだ。
ルーフィスが離れて行くのが怖くて、私はずっと、自分の気持ちを必死になって隠してきた。なのに、その無駄な努力のせいで、私は今、彼に信じてもらえない事態に陥っている。
なんて皮肉な話だろう。私は必死になるあまり、自分の恋を上手に隠し過ぎたのだ。
(どうしよう。ルーフィスの誤解をときたいのに)
どうすれば、彼に信じてもらえるのか分からない。
もう一度『好きだ』と言ったところで、何も変わる気がしない。
(どうしよう。どうすれば──)
すっかり困り果てて、視線を下に落としたときだった。
(あ)
私の目が、そこにあった物に、ハッと止まった。
(そうだ。これなら)
ただ好きだって言っても、信じてはもらえない。けれど、きっとこれなら。
「え、何を──リンカちゃん!?」
彼の叫びを無視して、私はお茶のカップを両手で抱え、一気に呷った。
次話◆甘い毒(最終話)




