表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/57

10日目 -2- 選択、そして

 今夜、惚れ薬を使おう、と私は決めた。……決めたまでは、良かったけれど。


(……困ったな)

 時間が経つにつれ、私は焦り出していた。

 使うはずの薬は、いまだ私の元にある。隙を見て飲み物に入れるつもりでいたのに、ルーフィスには、その隙がまるでないのだ。

 なにせ二人きりなので、ルーフィスの視線は、ずっと私から離れない。そして今夜に限って、話し掛けてくる人も誰もいない。マリエンも来ていないし、いつもなら会話に乱入してくるフィリオやローサさんも、今夜はそんな気配がないのだ。


(……困ったな)

 もう一度、私は同じことを考えた。

 ルーフィスの意識が逸れない限り、とても薬なんかは入れられない。かといって『ちょっとあっちを向いててくれる?』なんて怪しさ満点のことを言い出すわけにもいかない。

 どうしたものかと悩んでいた時、不意に、ルーフィスの質問が飛んできた。

「リンカちゃん、どうかした?」

(!)

 隠していたつもりなのに、私の焦りは、どうやら態度に出ていたらしい。ルーフィスが、変な顔で私を見ている。


「えっ!? あのっ!」

 すっかり慌ててしまった私は、思わず、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

「ごっ、ごめん! 私、ジェイに急用があるのを忘れてた!」

「えっ?」

「ちょっと、行ってくるね!」

 彼に何か言う隙を与えず、私は素早くその場から逃げ出した。


 ……ジェイに急用って、いったい何だ。

 厨房に向かって歩きながら、私は思わず、自分に突っ込みを入れていた。

 我ながら、苦し紛れにもほどがある。不審に思われるのが嫌で席を離れたというのに、これでは逆効果だったかもしれない。ルーフィスの聡さを思えば、何かあるのかと勘づかれてしまいそうだ。


(こ、このままじゃ駄目だ。何とか、平常心を……って、わ!?)

 そのとき、厨房から出てきたジェイに、私はドン!とぶつかった。びくともしないジェイの前で、私だけが後ろにはじき跳ばされる。


「おい!?」

 ジェイは驚いたように、手を伸ばして私の肩を捕まえた。そこまでは良かったのだけれど、今度は引き寄せられたはずみで、何だか足がもつれてしまった。

 気づけば私は、しな垂れ掛かるような体勢で、ジェイに受け止められていた。慌てて彼の胸に手をつき、体を起こす。


「ご、ごめん、ジェイ」

「何うろうろしてるんだよ、おまえは。まだ何か注文する気か?」

「え!? ええと、そういうわけじゃ……」

「あんまり食い過ぎると、いくらルーフィスでも呆れられるぞ」

「!」

 急に掛けられた含みのある言葉に、私はカッと赤くなった。油断していたせいか、顔から湯気でも出そうなほどに熱い。


「べ、別に、そんなんじゃないから!」

 否定の言葉を口にしつつも、顔の熱はまるで引かない。きっとジェイは、私の気持ちに気がついているんだろう。

 これ以上からかわれる前に、私は彼の前から逃げ出した。


 ジェイは、なんて余計なことを言ってくれたのか。

 どう考えても罪のないジェイに八つ当たりしながら、私は仕方なくルーフィスの元へと引き返した。

 落ち着くために席を離れたというのに、落ち着くどころか、さっきまでより動揺が増している。頬を染めてふらふらしている私は、完全に酔っ払いに見えるだろう。


(こ、これじゃ、何のために席を離れたのか……あれ?)

 席に戻った私は、ふと、ルーフィスの気配が先刻までとは違っているのに気がついた。


(ルーフィス?)

 何というか、見るからに元気がない。まるで、(とも)っていた火が消えたように、彼は分かりやすく沈んでいる。

 急にどうしたのかと心配になって、私は訊いた。


「あの、どうしたの? ルーフィス。具合悪い?」

「いや」

 ルーフィスは、硬い表情のまま息をついた。


「具合が悪いわけじゃないよ。ただ、少し……疲れたかな」

「……そう、なんだ」

 彼の言葉を聞いたとたん、私の身体から、ふっと力が抜けていった。


 これは、つまり、時間切れということだ。私は静かに、そう悟った。

 私が自分に許した機会は、今夜一度きり。

 疲れているという彼を、これ以上、無理に引き止めるわけにはいかなかった。全部、もたもたしていた自分が悪い。……私は、賭けに負けたのだ。


 あんなに悩んで決めたのは、いったい何だったんだろう。そう思わなくはないけれど、こうなっては仕方がなかった。このまま大人しく帰るしかない。

 そう諦めて、ルーフィスに声を掛けようとした瞬間。


(──待って)

 不意に、私の心臓が、ドキンと鳴った。


(これは、ルーフィスに薬を飲んでもらう機会じゃないの……?)

 気づかなければ、そのまま帰っていただろう。けれど、私は気づいてしまった。

 手のひらに、じわじわ汗が滲み出す。

 わかっている。これは、どうしようもなく愚かしい選択だ。

 わかっているのに、罪へと舵を切る私を止めてくれる人は、誰もいない。


「ルーフィス。これ……」

 手が震えないよう気をつけながら、私は、惚れ薬の入った小瓶を差し出した。

「え?」

「疲れてるなら、これ、どうかな。栄養剤なんだ」

「──」

 ルーフィスは、驚いたようにその薬をじっと見た。私の心臓が、すごい速さで鳴っている。


「栄養剤?」

 わずかに掠れた声で聞き返した後、ルーフィスは、薬の瓶に手を伸ばした。そして私から受け取ると、うつむいて口を噤む。

 彼が下を向いてしまったので、私からは、その表情がよく見えなかった。

 変な汗が、背中を伝う。緊張しながら、彼の出す答えを待つ。

 そして。


「──君が言うなら、毒でも飲むよ」

(!?)

 やがて告げられた一言に、私は尋常じゃないほどに動揺した。


「えっ!? ど、毒って、そんな」

 声が震えそうになる。それでも精一杯、平気な振りで彼を見る。


「何て顔してるの、リンカちゃん。冗談だよ」

 そう言うと、ルーフィスは躊躇いもなく、薬を口に放り込んだ。

(!)


 自分で勧めたくせに、その光景に、血の気が引く思いがした。

 ずっと抑えつけていた良心が、胸の奥で悲鳴を上げる。けれど、もう遅い。『吐き出して!』と叫ぶ寸前、彼がゴクリと、惚れ薬を飲み下す。


(──)

 とうとう私は、ルーフィスに薬を飲ませた。飲ませてしまった。


 私が呆然としていると、その時、ぽつりとルーフィスが言った。


「……飲もうかな」

「え?」

「お酒。いいよね? 一日早いけど。……もう少しだけ、付き合って」

次話◆暴かれた罪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ