1日目 -3- 目立つ制服、目立つ彼
約束をしていたにも関わらず、その夜ジェイの店に入って来たルーフィスを見て、私はハッと目を見張った。開いた扉から見えた夜の闇が、白い制服を纏った彼の姿を際立たせる。
目が合ったので、私は少しどぎまぎしながら小さく手を上げ合図した。
「さっそく飲んでるね、リンカちゃん。僕もここに座っていい?」
「うん。もちろん」
空いていた隣の椅子を引きながら、私は気になったことを問い掛けた。
「それより、どうしたの? ルーフィス」
「え、何が?」
「制服を着て来るなんて、珍しいなと思って」
そう。ルーフィスは仕事帰りによく店へ寄ってくれるが、いつもは私服だ。昼休みに抜け出して来たときは別として、制服で来ることなんて滅多にない。
「ああ、これ?」
私の質問に軽く肩をすくめると、ルーフィスは言った。
「今朝着て行った服に、うっかりインクを零しちゃって」
ルーフィスがそんな粗忽な失敗をするなんて珍しい。でもそういえば、以前に制服を着て来たときも似たようなことを言っていた気がする。あの時は確か、インクじゃなくてお茶だったけれど。
「一応、禁止なんだよね。大丈夫?」
私は少し心配になって聞いた。
帰りに制服のままどこかへ立ち寄るのは禁止だと、前にルーフィス自身が言っていたのだ。ただ罰則規定もないので、そこまでうるさく言われることはない、とも言っていたが。
「ああ、平気。制服のまま酔って暴れたりしたら、さすがにまずいと思うけど」
「そうなの?」
「うん。王都ならもっときっちりしてるのかもしれないけど、ここは地方都市だしね。その辺りは緩いんだ。図書館の近くに住んでる先輩なんて、時々家から着て来てそのまま帰ったりしてるよ」
ふふっと笑うルーフィスに、私は見惚れた。
王立図書館の制服は、白を基調に青の飾り布と銀の刺繍がほどこされた美しい物だったが、これがまた、あつらえたようにルーフィスに良く似合う。彼の青味がかった銀髪と調和して、この場では浮くほどの美々しさだ。
「なに? リンカちゃん、そんなに見て」
「え? だってルーフィス、目立つなぁと思って」
「目立つ? 何が?」
「その制服も似合うし……」
「え、これ?」
さすがに『綺麗すぎて浮いてるよ』とは言えなくて言葉を濁したが、ルーフィスは意外そうにその目を軽く見開いた。
「制服だし、みんなに似合うように出来てるんじゃないかな。それに目立つって言っても、普通の制服だよ。リンカちゃんの気のせいじゃない?」
「いやー、ソレ、すっごく目立つよ。ルーフィス」
そのとき、横からひょこっと顔を覗かせた人がいた。
(!)
ぜんぜん気づいてなかった私は、急に割り込んできた存在に驚いて肩が跳ねた。けれどルーフィスの方は視界に入っていたのか、ごく自然に彼の名を口にする。
「ああ、フィリオ」
彼は、本当はキルフィリオという名前だが、きちんとそう呼ぶ人は誰一人いなかった。私も含め、誰もが『フィリオ』だ。昔からのジェイの友人で、私とは逆に夜の間だけこの店で働いてくれている。
端正な顔立ちをしているのに、その軽めの言動が災いしてか、あまりそうとは感じさせない人だった。正に今もそんな感じで、フィリオはどこまで本気かよくわからない口調で、ルーフィスに向かって語り出した。
「図書館の中ならともかく、ココじゃ目立つよ、ルーフィス。いやー、周りの男は気が引けちゃうね」
気が引けちゃう、とか言っているが、彼本人はそんなことを気にするようなタマではない。
「別に、普通の制服だと思うけど……」
「ルーフィスの“普通”って、時々ワカンナイよね。だって改めて見ても、ルーフィスに合わせて作ったみたいにぴったりだよ、ソレ。だから余計目立つんじゃない」
「僕じゃなくて、フィリオが着たってきっと似合うよ」
「オレ? うーん。この金髪じゃ、色合いがちょっと浮くかも」
いつまでもお喋りをしているフィリオに、私は横から口を挟んだ。
「フィリオの場合は、色合いじゃなくて性格が浮くよ」
「あれー? リンカ、手厳しい」
「だって油売ってるから。フィリオ、ルーフィスの注文を取りに来たんじゃないの?」
私達と違って、彼はいま仕事中だ。私の言葉でそれを思い出したのか、フィリオはあっけらかんと頷いた。
「ああ、そっか。そーだった」
「そーだったじゃないよ、もう。じゃあ、ルーフィス、注文は?」
フィリオの代わりに尋ねた私に、そのとき、真後ろで答える声がした。
「あたしはビールね」
次話◆図書館の王子様