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9日目 -2- 身勝手な賭け

『明日の夜、もし都合が良ければジェイの店へ食事に行きませんか。

 1日早いけれど、二人で誕生日のお祝いをしましょう。   リンカ』



 そんな短い文面の手紙をしたため、私は王立図書館へと向かっていた。

 本当なら、彼の都合に合わせて約束を取りつけた方が良いのはわかっている。けれど敢えてそうしなかったのは、これが単なる誘いではなく、私の賭けでもあったからだ。


(ルーフィスに断られたら、それでもう諦める。でも、もしも。もしも来てくれたら──)

 そこまで考えて、私は胸苦しさで、ぐっと息が詰まりそうになった。

 なんて身勝手な賭けだろう。迷いに迷って、それでも心を決められなかった私は、すべてを運に委ねようとしているのだ。


 けれど同時に、私は心のどこかで、この方法に奇妙な安堵も覚えていた。

 だってそもそも、返事を貰う以前に、手紙を渡せるかどうかも分からない。手紙は直接渡そうと決めているので、ルーフィスに会えなければ、その時点で私の賭けは終了だ。

 そして手紙を渡せたとしても──おそらく、私の誘いに、ルーフィスが応じる確率は低いだろう。


 彼の明日の予定なんて、私は知らない。用事があるかもしれないし、なかったとしても、前日、しかも夕方の急な誘いなんて、受けてくれる保障はない。

 それに何より、ルーフィスは昨夜あれほどはっきり、家に上がることを拒否していたのだ。そんな彼が『()()()祝おう』なんていう私の誘いをほいほい受けるとは思えなかった。


 でも、それならそれでいい。

 断られたなら、もう、こんな薬は、すぐにでも捨ててしまおう。そして二度と、買ったりしない。


 でも、もしも。


(もしも、ルーフィスが誘いを受けたら──)

 その可能性を考えたとたん、私はまた、ぐっと胸が苦しくなった。

 ルーフィスに会いたいけれど、会いたくない。

 ルーフィスに来てほしいけれど、来てほしくない。


 もう自分でも、どちらを望んでいるのか分からなかった。

 ……苦しい。さっさとケリをつけてしまいたい。

 私は乱れる感情を抱え、図書館へ向かう足を早めた。



 * * * * *



 王立図書館の廊下には、西日が強く差し込んでいた。

 閉館までの時間を考えると、あまりゆっくりルーフィスを探している時間はないだろう。


(ルーフィス……どこにいるのかな)

 歩きながら、私は辺りに視線を走らせた。

 けれど、廊下にも、受付にも、ルーフィスの姿は見当たらなかった。閲覧室内をぐるりと回ってみたけれど、そこにも彼の姿はない。

 そうして探し歩くうちに、私はだんだん、冷静になってきた。

 今日のルーフィスは、どうやら他の場所で仕事のようだ。つまり今日は、彼には会えない。会えないということは、こんな手紙も渡せない。


(──)

 それが分かったとたん、肩から、ストンと力が抜けた。

 私があれほど悩んだのは、いったい何だったんだろう。それでも、ガッカリするのと同時に、心のどこかでホッとする自分がいた。

 いくら一時的な効力しかないとはいっても、惚れ薬なんて、使おうと考えたのが間違いだったのだ。恋に感情を支配されて、もう少しで、バカな真似をするところだった。


(ルーフィスに会わないうちに、さっさと帰ろう)

 そう思って(きびす)を返した、その時。


「きゃ!?」

「うわ!?」


 どしん、と肩に、予想外の衝撃が走った。

 どうやら私は、書架の陰から出てきた人に、肩先から思い切りぶつかったらしい。すっかり考え事に気を取られて、周りに注意を払っていなかった。完全に私の不注意だ。


「ご、ごめんなさい! よく見てなくて」

「ああ、いや、こちらこそ……って、あれ? 君、この間の」

「あっ」

 私は、驚いて声を上げた。私がぶつかった相手は、この間ルーフィスに取り次ぎをお願いした、赤毛の職員さんだったのだ。


「あ、あの、この間は、変なお願いをしてすみませんでした!」

 本当に今さらだけれど、私は彼に向かって謝った。脅し紛いで取り次ぎをさせられるなんて、彼はきっと、嫌な思いをしたに違いない。

 けれどそんな予想に反し、職員さんは、実にあっさり私に笑顔を向けてきた。


「えっ? ああ、いいよいいよ。ルーフィスも、君なら取り次いでいいって言ってたし」

 どうやら彼の方では、大して気にしていなかったらしい。


「それより、今日もルーフィスに用事?」

「えっ、いえ、あの……」

 ここで、ルーフィスを呼ばれては困ってしまう。私は、否定しようと口を開いた。

 と、急に。


「えぇ? なになに、君ってルーフィスのファンなの?」

(!?)

 赤毛の職員さんの後ろから、いきなり、別の職員さんが割り込んできた。……いや、さっきから、チラチラ視線は感じていたのだ。ただそれは、赤毛の職員さんに向けられたものだとばかり思っていた。

 けれど、どうやら違ったらしい。その人はどういう訳か、赤毛の職員さんをぐいっ押しのけ、笑みを浮かべて私へと近づいて来た。


「いやぁ、()めなよ。悪いこと言わないから、あいつは止めておいた方がいいって」

 ……この人はいったい、いきなり何の話をしているんだろう。

 たぶん、話の流れ的に、ルーフィスのことを言っているんだとは思う。だとしても、この人にそんなことを言われる意味が分からない。しかも、何だか妙に、距離が近い。


「あ、あの」

 私がたじろいでいると、赤毛の職員さんが、

「せ、先輩!」

 と、間に入ってくれようとした。が、先輩と呼ばれた彼は、まったく意に介さない。


「もう、おまえはわかってないなぁ。こういう時は、黙って見守るもんだゾ☆後輩」

 ヘンに可愛らしくそう言って、赤毛の職員さんの頬をツンツン突っつく。赤毛の職員さんは、うげっと後ろに()け反った。……気持ちはわかるが、引いてないで助けてほしい


「いやぁ、後輩が邪魔してごめんね。……で、ルーフィスの話だっけ」

「いえ、あの」

「うんうん、そうだよね。君の気持ちは、よーく分かるよ。確かにあいつも綺麗な顔してるから、憧れるのは、よーく分かるけど」

 ……何やら、私の気持ちが分かるらしい。

 人の話を聞かない上に、勝手に話を進めるあたり、やたらと思い込みの激しい人だ。


 歳は二十代後半くらいだろうか。金の髪に華やかな顔立ちで、何ともモテそうな人だった。……モテそうな人ではあったけれど、あまりにも軽そうで、どうにもこうにもいただけない。いただけないというか、いくら顔が良くても、距離の詰め方が気持ち悪い。

 とはいえ、さすがの私も『気持ち悪いから離れてくれ』とは言い出せず、自ら半歩、後ろに下がった。


「あれ、恥ずかしいの? 可愛いなぁ」

「……」

 ますますもって、気持ちが悪い。容姿は整っているのに、かなり残念な思考の人だ。

 けれど彼は、自分が『気持ち悪い』なんて評価を下されるとは思ってもみないのか、さらに馴れ馴れしい態度で私に話し掛けてきた。


「いやぁ、せっかくそんな可愛いんだから、ルーフィスを追い掛けるなんて、無駄なことは止めておきなよ。だって、ほら、あいつ、好きな子以外には興味ないみたいだし」

(!)


 ──無駄。

 ──好きな子。


 思いがけず聞かされた言葉が、私の胸にぐさりと刺さる。

 無駄だと言われたこともショックだったけれど、それより、同僚の人がこんな言い方をするなんて、まさかもう、ルーフィスとディアナは職場でも周知の仲なんだろうか。私が現実から目を背けている間に、すっかりそうなっているんだろうか。


 私が思わずうつむくと、職員さんは、なぜかいきなり私の手を取って来た。

次話◆残酷な優しさ

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