8日目 -1- 隠された嫉妬
(き、気持ち悪い……)
その朝、花の水やりを終えた私は、よろめきながら部屋まで戻った。
……完全な二日酔いだ。
現実逃避でお酒に逃げるのは、あまり賢い手段じゃないらしい。逃避をしたって目の前の現実は変わらないし、こうして二日酔いが追い打ちをかけてくる。
いや、自分が痛い目をみるだけなら、良かったけれど。
(ルーフィス、うんざりしたんじゃないのかな)
私は具合の悪さとは別の理由で、頭を抱え込みたくなった。
本当に、昨夜の私は、彼に何て迷惑を掛けてしまったんだろう。
確かに、おんぶしようかと申し出てくれたのは、ルーフィスの方からだ。だとしても、私は、あそこで押し切られるべきじゃなかった。
だって私がへろへろになったのは、誰かに無理やり飲まされたわけじゃなく、自分で勝手に飲んだくれた結果なのだ。同じ『背負って運ぶ』にしたって、ディアナの時とは、その理由がまるで違う。
(どっちが迷惑かなんて、火を見るよりも明らかだよね。自業自得で酔っ払った私と、望まない怪我をしたディアナじゃ……)
そこまで考えて、私はガクリと項垂れた。
彼女のことを考るのが嫌でお酒に逃げたはずなのに、結局、考えずにいるなんて、どうやったって無理らしい。
……いや、あの夜のことだけなら、私がここまで気にすることはなかっただろう。あの時は他に良い方法もなかったのだし、ルーフィスがディアナを背負って帰ったのは、仕方がなかったのだと諦めもつく。
けれど。
その後のことは、違うのだ。
ディアナのことを名前で呼び出したのは、ルーフィスの意志だ。
ディアナの家までお見舞いに行ったのだって、ルーフィスの意志だ。
(──)
突然湧き上がってきた感情が、胸の奥でジリジリと私を焼き焦がす。
分かっている。これは、あまりにも身勝手な私の嫉妬だ。こんな感情は、ルーフィスには気づかれないように、きちんと抑えなければいけない。
私はコップに水を汲み、からっぽの胃に、ごくごくと水だけを流し込んだ。
まったく食欲がわかないので、今日ははもう、このまま仕事に出掛けることにしよう。
(なんか気持ち悪いけど……とにかく、行かなきゃ)
私は、少々ふらつきながらも、遅刻しないよう家を出た。
* * * * *
(やっぱり気持ち悪い……)
お店に着いてからも、私の調子は、一向に良くならなかった。
けれど二日酔いなんてバカな理由で、ジェイに迷惑を掛けるわけにもいかない。
(まあ、どう考えても、勝手に飲み過ぎた私が悪いんだよね……仕事だし、しっかりしないと)
そんなふうに自分で自分を励ましながら、私はどうにか、いつも通りの仕事をこなしていった。いやむしろ、ちゃんとしなきゃと思う余り、いつも以上にテキパキ働いていたかもしれない。
だからだろう。ついつい、こんな余計なまで申し出てしまったのは。
「ジェイ。私、このゴミ捨てて来るね」
「……大丈夫か? けっこう重いぞ、それ」
私の申し出を聞いたジェイは、一瞬、ためらうような素振りを見せた。共同のゴミ捨て場は、やや離れた場所にあるのだ。
まあ、やや離れたとはいっても、それは店の真裏じゃないという意味で、実際さほどの距離はない。
「うん。すぐそこだし、平気平気」
いくら調子が悪くても、ちょっとした距離を運ぶくらいはできるだろう。
バカな私は安易にそう考えると、ゴミの容器を持って外へ出た。
(あっ……?)
ゴミを捨ててお店へ戻ろうとしたところで、私は急な眩暈に襲われ、しゃがみ込んだ。
何だか頭がぐらぐらして、すぐには立ち上がることもできない。
近ければ平気だと思った私は、なんて浅はかだったんだろう。距離がどうこうの問題じゃなかった。具合の悪い時に、しなくてもいい仕事まで、引き受ける必要なんてなかったのだ。
(よ、余計なことしなきゃ良かった……)
ふらつく頭でそんなことを考えてはみたものの、後悔は先に立たない。
やっぱり、朝食を抜いたのが拙かったんだろうか。食欲がなくても、せめて果物くらいは食べてくれば良かった。
その場にうずくまったまま、眩暈が治まるのをじっと待つ。その時。
「──リンカ!?」
不意に、背後から名を呼ばれた。
(え……ジェイ?)
振り向かなくても、その声でジェイだと分かる。
駆け寄って来る足音を聞いて、私はしゃがんだまま、そろりと顔を上げてみた。
「どうした!?」
「……」
傍まで来たジェイは、心配そうにこちらを見下ろしている。
その顔を見て、これは、理由を言わないわけにはいかないな、と私は思った。
理由が理由なので、本当は言いたくない。言いたくないが、こんな心配をかけてまで、ごまかすのは駄目だろう。
私は小さな声で、ぼそぼそと理由を口にした。
「ごめん……ちょっと、二日酔い……」
「はあ、二日酔い!?」
不調の原因を言ったとたん、ジェイはもう、見事に呆れかえった顔をした。それまでの心配気な様子が、嘘みたいに霧散する。
けれど、それも無理はない。心配してくれた分、彼は余計に呆れているんだろう。
「なんだよ、昨夜どれだけ飲んでたんだ? 立てるか?」
それでも私に手を差し伸べてくれるあたり、やはりジェイは、無自覚に面倒見がいいらしい。
「……ありがとう、ジェイ。ちょっと眩暈がしたけど、治ったみたい」
眩暈もようやく治まったので、ジェイの手を借りて立ち上がる。
「まったく、驚かせるなよ。二日酔いなら、家にある薬を飲むか?」
「えぇっ!? 嫌だよ。すごい不味いもん、あの薬」
「鼻をつまんで飲め。鼻をつまんで」
ジェイはあっさり言ったけれど、あの薬だけは本当に勘弁してほしい。以前一度だけ飲まされたことがあるが、本当に驚きの不味さだった。驚きすぎて、どれだけ不味いかルーフィスやマリエンに語って聞かせてしまったくらいだ。
こんな具合の悪い時に飲んだら吐く気がする。いや、具合が悪いからこそ、飲めと言われているのだけれど。
どうやって薬から逃れようかと考えを巡らせながら、私は一歩、店内に足を踏み入れた。そのとたん。
「あっ、リンカ!」
まるで待ち構えたかのように、ローサさんの声が飛んできた。
……二日酔いには、なかなか厳しい声量だ。弱っている時に食らうローサさんの声は、何というか、すぱん!と頭を引っぱたかれたような気持ちになる。
「ど、どうしたんですか? ローサさん」
「どうって、あんたを探してたんだよ。ジェイと、どこ行ってたんだい? いや、まあ、いいや。今ちょうど、ルーフィスがね」
(えっ、ルーフィス?)
ローサさんの声に驚いて、私はうつむき加減だった顔を上げた。
(!?)
なぜかお店の中に、いるはずのないルーフィスがいた。
次話◆挙動不審な彼女




