表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/57

8日目 -1- 隠された嫉妬

(き、気持ち悪い……)

 その朝、花の水やりを終えた私は、よろめきながら部屋まで戻った。

 ……完全な二日酔いだ。

 現実逃避でお酒に逃げるのは、あまり賢い手段じゃないらしい。逃避をしたって目の前の現実は変わらないし、こうして二日酔いが追い打ちをかけてくる。

 いや、自分が痛い目をみるだけなら、良かったけれど。


(ルーフィス、うんざりしたんじゃないのかな)

 私は具合の悪さとは別の理由で、頭を抱え込みたくなった。


 本当に、昨夜の私は、彼に何て迷惑を掛けてしまったんだろう。

 確かに、おんぶしようかと申し出てくれたのは、ルーフィスの方からだ。だとしても、私は、あそこで押し切られるべきじゃなかった。

 だって私がへろへろになったのは、誰かに無理やり飲まされたわけじゃなく、自分で勝手に飲んだくれた結果なのだ。同じ『背負って運ぶ』にしたって、ディアナの時とは、その理由がまるで違う。


(どっちが迷惑かなんて、火を見るよりも明らかだよね。自業自得で酔っ払った私と、望まない怪我をしたディアナじゃ……)

 そこまで考えて、私はガクリと(うな)()れた。


 彼女のことを考るのが嫌でお酒に逃げたはずなのに、結局、考えずにいるなんて、どうやったって無理らしい。

 ……いや、あの夜のことだけなら、私がここまで気にすることはなかっただろう。あの時は他に良い方法もなかったのだし、ルーフィスがディアナを背負って帰ったのは、仕方がなかったのだと諦めもつく。

 けれど。

 その後のことは、違うのだ。


 ディアナのことを名前で呼び出したのは、ルーフィスの意志だ。

 ディアナの家までお見舞いに行ったのだって、ルーフィスの意志だ。


(──)

 突然湧き上がってきた感情が、胸の奥でジリジリと私を焼き焦がす。

 分かっている。これは、あまりにも身勝手な私の嫉妬だ。こんな感情は、ルーフィスには気づかれないように、きちんと抑えなければいけない。


 私はコップに水を汲み、からっぽの胃に、ごくごくと水だけを流し込んだ。

 まったく食欲がわかないので、今日ははもう、このまま仕事に出掛けることにしよう。


(なんか気持ち悪いけど……とにかく、行かなきゃ)

 私は、少々ふらつきながらも、遅刻しないよう家を出た。



 * * * * *



(やっぱり気持ち悪い……)

 お店に着いてからも、私の調子は、一向に良くならなかった。

 けれど二日酔いなんてバカな理由で、ジェイに迷惑を掛けるわけにもいかない。


(まあ、どう考えても、勝手に飲み過ぎた私が悪いんだよね……仕事だし、しっかりしないと)

 そんなふうに自分で自分を励ましながら、私はどうにか、いつも通りの仕事をこなしていった。いやむしろ、ちゃんとしなきゃと思う余り、いつも以上にテキパキ働いていたかもしれない。

 だからだろう。ついつい、こんな余計なまで申し出てしまったのは。


「ジェイ。私、このゴミ捨てて来るね」

「……大丈夫か? けっこう重いぞ、それ」

 私の申し出を聞いたジェイは、一瞬、ためらうような素振りを見せた。共同のゴミ捨て場は、やや離れた場所にあるのだ。

 まあ、やや離れたとはいっても、それは店の真裏じゃないという意味で、実際さほどの距離はない。


「うん。すぐそこだし、平気平気」

 いくら調子が悪くても、ちょっとした距離を運ぶくらいはできるだろう。

 バカな私は安易にそう考えると、ゴミの容器を持って外へ出た。

 

(あっ……?)

 ゴミを捨ててお店へ戻ろうとしたところで、私は急な眩暈に襲われ、しゃがみ込んだ。

 何だか頭がぐらぐらして、すぐには立ち上がることもできない。

 近ければ平気だと思った私は、なんて浅はかだったんだろう。距離がどうこうの問題じゃなかった。具合の悪い時に、しなくてもいい仕事まで、引き受ける必要なんてなかったのだ。


(よ、余計なことしなきゃ良かった……)

 ふらつく頭でそんなことを考えてはみたものの、後悔は先に立たない。

 やっぱり、朝食を抜いたのが拙かったんだろうか。食欲がなくても、せめて果物くらいは食べてくれば良かった。

 その場にうずくまったまま、眩暈が治まるのをじっと待つ。その時。


「──リンカ!?」

 不意に、背後から名を呼ばれた。


(え……ジェイ?)

 振り向かなくても、その声でジェイだと分かる。

 駆け寄って来る足音を聞いて、私はしゃがんだまま、そろりと顔を上げてみた。


「どうした!?」

「……」

 傍まで来たジェイは、心配そうにこちらを見下ろしている。

 その顔を見て、これは、理由を言わないわけにはいかないな、と私は思った。

 理由が理由なので、本当は言いたくない。言いたくないが、こんな心配をかけてまで、ごまかすのは駄目だろう。


 私は小さな声で、ぼそぼそと理由を口にした。

「ごめん……ちょっと、二日酔い……」

「はあ、二日酔い!?」

 不調の原因を言ったとたん、ジェイはもう、見事に呆れかえった顔をした。それまでの心配気な様子が、嘘みたいに霧散する。

 けれど、それも無理はない。心配してくれた分、彼は余計に呆れているんだろう。


「なんだよ、昨夜どれだけ飲んでたんだ? 立てるか?」

 それでも私に手を差し伸べてくれるあたり、やはりジェイは、無自覚に面倒見がいいらしい。

「……ありがとう、ジェイ。ちょっと眩暈がしたけど、治ったみたい」

 眩暈もようやく治まったので、ジェイの手を借りて立ち上がる。


「まったく、驚かせるなよ。二日酔いなら、家にある薬を飲むか?」

「えぇっ!? 嫌だよ。すごい不味いもん、あの薬」

「鼻をつまんで飲め。鼻をつまんで」

 ジェイはあっさり言ったけれど、あの薬だけは本当に勘弁してほしい。以前一度だけ飲まされたことがあるが、本当に驚きの不味さだった。驚きすぎて、どれだけ不味いかルーフィスやマリエンに語って聞かせてしまったくらいだ。

 こんな具合の悪い時に飲んだら吐く気がする。いや、具合が悪いからこそ、飲めと言われているのだけれど。


 どうやって薬から逃れようかと考えを巡らせながら、私は一歩、店内に足を踏み入れた。そのとたん。


「あっ、リンカ!」

 まるで待ち構えたかのように、ローサさんの声が飛んできた。

 ……二日酔いには、なかなか厳しい声量だ。弱っている時に食らうローサさんの声は、何というか、すぱん!と頭を引っぱたかれたような気持ちになる。


「ど、どうしたんですか? ローサさん」

「どうって、あんたを探してたんだよ。ジェイと、どこ行ってたんだい? いや、まあ、いいや。今ちょうど、ルーフィスがね」

(えっ、ルーフィス?)

 ローサさんの声に驚いて、私はうつむき加減だった顔を上げた。


(!?)

 なぜかお店の中に、いるはずのないルーフィスがいた。

次話◆挙動不審な彼女

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ