1日目 -2- 幼馴染:恋愛対象外な私
「あ……偶然だね。ルーフィス」
我ながら、なんて間抜けな挨拶をしてるんだろう。
そうは思ったけれど、私は他にどうすればいいのかがわからなかった。だって好きな人が言い寄られている場面に出くわして、とっさにどんな反応ができるというのか!
逃げる機は完全に逸していたし、『何してるの?』と白々しく問う度胸もない。かといって下手に絡めば気持ちを勘づかれてしまいそうだ。
しかも、なんといっても今の私は、彼に対して非常に後ろめたい薬を持ち歩いているのだ。それを考えると、いよいよどんな態度を取っていいのかわからなかった。口をきけたというだけで、上出来だったのかもしれない。
「リンカちゃん、お店の仕事は終わったの? 今帰るところ?」
色んな意味で余裕のない私の心も知らず、ルーフィスはさらりと話し掛けてきた。
ルーフィスは、私の家の隣に住んでいる一つ年下の幼なじみだ。
そのせいか、私に対する彼の態度は、どんな娘が相手のときより親し気だった。というより、自分に寄ってくる『私以外の』女の子に対して、ルーフィスはどこかそっけないところがあった。当たりは柔らかいのだが、さり気なく壁を作るのだ。
その壁が、私にだけはまったくない。見事なほどに何にもない。彼からすれば、特別な相手といえるのかもしれない。
(でも、その理由を考えると……)
私は心の中で項垂れた。とても素直に喜ぶことはできなかった。
だって私達は、子供のころからずっと変わらず仲が良いのだ。
そう、ずっと変わらずだ。
おそらく彼の方では幼いころの延長で、今でも姉弟のように仲良くしてるつもりなんだろう。だからこんな場面でも平然としているし、自分に言い寄る相手の前で、私に親し気に話し掛ける。今のこの態度にしても、私をそういう相手としては見ていない証拠だった。けれど。
(ディアナにしてみたら、いい気はしないよね)
ルーフィスにとって私がそういう相手じゃないなんて、多分ディアナにはわからない。いや、彼がこんなに気を許した笑顔を私に向けている時点で、逆だと誤解されかねない。
早くこの場を去った方がいいだろう。
私はぎこちなくルーフィスに向かって頷いた。今帰るところかと聞かれたんだし、それに答えてさっさと逃げよう。
「うん、ええと、そう。今から帰るんだ」
そして、じゃあね、と続けようとする前に。
「それじゃ、僕も一緒に行くよ」
(!?)
驚いてルーフィスを見たのと同時に、後ろにいたディアナの顔つきが険しくなったのが目に入る。
「え!? で、でもルーフィス、何か話してるところだったんじゃ」
「家に置いてある資料が急に必要になって、取りに行く途中なんだ。だから、ここでのんびりしてるわけにもいかなくて」
そのとき果敢にも、ディアナが私達の間に割って入った。
「あの、これっ」
プレゼントの包みをぐいっとルーフィスに押し付ける。けれどルーフィスは、慣れたように断りの言葉を口にした。
「誰からもプレゼントは貰わないようにしてるんだ。だからそれも受け取れない」
「でも、あたしっ」
「ごめん、もう行くね」
(い、いいの!?)
食い下がるディアナをあまりにあっさり躱したルーフィスに、なぜか私の方がうろたえてしまった。歩き出したルーフィスについて行っていいものか、とぎこちなく足を踏み出し、つい気になってディアナの方へ目を向ける。
(いや、良くない!)
私は即座にそう思った。今の彼女の顔を見れば、きっと誰でもそう思うだろう。
ディアナは頬を紅潮させ、唇を引き結び──そして、私を真っすぐに睨んでいた。
* * * * *
「あの、断って良かったの? ルーフィス」
ルーフィスと並んで歩きながら、私はついそう聞かずにはいられなかった。本当にわからなかったわけではなくて、半分以上は確認の意味だ。
ルーフィスはそんな私の問いには答えずに、ただ曖昧な笑みを見せた。
ルーフィスは、地味にモテる。
ぜんぜんチャラチャラしてないし、派手な騒がれ方はしないけれど、それでもこうやってアプローチしてくる子が一人や二人じゃないのを、私は良く知っていた。
(ただ、ルーフィス本人は拍子抜けするほど冷静なんだよね)
もてるということを指摘しても、彼は『僕じゃなくて、僕の肩書きにつられて来てるだけだよ』と、他人事みたいにあっさり言ってのけるのだ。
確かに、ルーフィスはこの町の王立図書館に勤めている。図書館だけに限らず王立の機関に採用されるのは結構な難関で、ルーフィスは言わばエリートだと言ってよかった。
(でも……それだけなら、こんなにもてるわけないよ)
心の中の呟きを声には出さず、私はルーフィスの横顔をチラリと見た。
整った綺麗な顔立ちに、誠実で落ち着いた性格。物腰も柔らかく、こうしてただ歩いているだけでもどことなく品がある。
ルーフィスはわかっていない。肩書きなんかなくたって、ルーフィスを本気で好きになる女の子はいくらでもいるはずだ。だいたい大人になってからモテ出したわけじゃなく、子供のころからそうなのだから。
「何? リンカ ちゃん。そんなに見て」
「えっ!? ええと」
私は慌ててルーフィスから目をそらした。
考えていたことなんて、とてもじゃないが彼には言えない。ごまかすために、私は思いついたことを口にした。
「ルーフィスって、未だに何も受け取らないの?」
「貰っても困るよ。それに、その気もないのに期待させるのは嫌だから」
私が未だにと言ったのは、過去の彼がそうしてきたことを知ってるからだ。そしてこの返答からして、彼は今でも来るモノをことごとく断っているんだろう。物も手紙も、付き合って下さいという言葉もすべて。
互いに働いている今はともかく、学校に通っていたころは嫌でもそういう噂を耳にした。誰から告白されたとか、断ったせいでその子が泣いたとか、ルーフィス本人は口を噤んでいたけれど、噂というのはどうしても広まるものだ。
そして彼が何でも断るせいで、私が橋渡しを頼まれたこともあった。その時はルーフィスにとても微妙な顔をされたので、その1度以降、2度と引き受けたりはしなかったけれど。
彼の言い分としては『こういうことを人に頼むなんて、ちょっと』ということらしいが、直接当ればさっきのディアナのように玉砕だ。いったいどうすればいいというのか。
「ルーフィスって、本当に難攻不落だよね」
わざと冗談ぽく笑いながら言うと、
「……別に、そんなことないよ」
と、本気なのか何なのかわからない返事がかえってきた。
無自覚なんて、質が悪い。
せめて自覚があるなら、理想が高い?それとも好みが変わってる?と理由の探りようもあるが、ないなら取っ掛かりさえつかめない。過去に付き合った子もいないので、どんな女性が好みかだってわからない。
そんなことを考えていると、話題を切り上げるようにルーフィスが言った。
「それよりリンカちゃん、今夜もジェイの店に行くの?」
「え? うーん、どうかな。行くつもりではいるけど……」
「都合が悪くなければ、来てほしいな。僕も仕事の帰りに寄ろうと思ってるから」
(!)
わかっていた。
ルーフィスが私にそれを乞うのは『女の子除け』の意味合いも含まれているのだと。乞われる時点で、その『女の子』に私は入っていないのだと。
それでも彼がこんなことを頼むのは、私以外にはいない。
情けなさと嬉しさが湧き上り、私の中をぐるぐる巡る。何とも言えない複雑な心境だ。
それでも私は、気がつけば頷いていた。
「わかった。じゃあルーフィス、また夜にね」
次話◆目立つ制服、目立つ彼