7日目 -2- 薬はどこへ?
(よく考えれば、今日って闇の日だったよね……)
家を出て、通い慣れた道を歩くうち、私は間抜けにも、今さらそんなことに気がついた。
闇の日の今日は、王立図書館の休館日だ。
もちろん、仕事が休みの日でも、ルーフィスが店に来てくれることはあるけれど、平日に比べれば、やはりその頻度は低い。仕事帰りに立ち寄るのと、わざわざ出向くのとでは、当然、気軽さが違うんだろう。
(だとすると、今日だって来てくれるかどうか……)
望みが薄いことに気づいた私は、改めて、自分の服を見下ろした。
まるでデートにでも行くような服を着込んできた自分が、何だかバカみたいに思えてくる。
ルーフィスが来ないのなら、わざわざこんな服を着て来る必要なんてなかったのだ。淡いブルーは綺麗だけれど、白に近いこの色は、どう考えたって仕事の時に着るには向かない。うっかり油染みをつけただけで、すごく目立ってしまうだろう。
(どうしよう。今からでも、着替えに戻る?)
けれど、あれこれ考えながら歩くうち、私はすでに、小さな橋の袂までやって来ていた。
ここはちょうど、家と店との中間辺りだ。ここまで来たのに引き返せば、おそらく遅刻は免れない。
立ち止まった私の耳に、橋の下を流れる小川のせせらぎが、心地よく響いてくる。
(さすがに、こんな理由で遅刻するのは駄目だよね……まあ、いいや。お店に立つときはエプロンも着けるし、それでも汚れたなら、仕方ない)
私は迷いを振り切ると、橋の上に踏み出した。
* * * * *
早いもので、私が魔法使いのところで惚れ薬を手に入れてから、今日でもう7日目になる。
持ち主の感情に反応して、色が染まっていくという不思議な薬。
(手に入れたばかりの頃は、本当に色なんて変わるのかって、半信半疑だったけど……)
今ではもう、私の中で、それは確信に変わっていた。
(だって、この色)
ポケットから取り出した薬の小瓶を、陽に翳して眺めてみる。
薬のその色合いは、初めて目にした時とは、明らかに変わっていた。
これが気のせいなわけはない。あの時、まるで真珠のようだと思った薬の色が、今では、はっきりとしたピンクに染まっているのだから。
──なんて、こんなふうに歩きながら薬の観察をしていた私は、あまりにも迂闊だった。
人目がどうこうの問題じゃない。単純に、ちゃんと前を向いて歩かないのは危険だ、という話だ。
そう。足元の注意がすっかり疎かになっていた私は、ちょっとした段差に気づかず、思い切り躓いたのだ。
(っ!?)
ガクッとつんのめり、身体が傾ぐ。転びそうになった私は、とっさに両手でバランスを取った。
いや、転びたかったわけじゃないので、それ自体は問題ない──はずだった。腕を振ったはずみで、手の中の小瓶がすっぽ抜けさえしなければ。
(嘘ー!?)
愕然とする私の前で、青空を背景に、小瓶が綺麗な弧を描く。
落下して、ポチャンと川面に消えるまでは、ほんの一瞬のことだった。
(──)
あまりにあっけなさすぎて、橋の上で呆然と立ち尽くす。
私がハッと我に返ったのは、その直後のことだった。
(な、何してるの私! 早く探しに行かないと──)
惚れ薬を買ったとき、あの魔法使いが『水にもすぐ溶けますよ』と教えてくれたのを唐突に思い出したのだ。
慌てて橋の下まで駆け下りる。
蓋は閉めていたはずだけれど、きちんと閉まっていただろうか!?
いや閉まっていたとしても、落下した衝撃で緩くなっていないとも限らない。隙間から水が入れば、薬は川の水に溶けてしまう。
なんでそんな仕様にしたんですか!と文句を言いたかったが、薬をそのまま飲ませるよりは、飲み物に溶かした方が飲ませやすいということだろう。惚れ薬なんていう後ろめたい代物を、そのまま飲んでくれと迫る人は、きっと少ないに違いない。
(ああ、もう、今はそんなことを考えるより先に、探さなきゃ!)
私は履いていた靴を脱ぎ捨てると、ワンピースの裾を持ち上げ、小川の中へじゃぶじゃぶと入って行った。
浅い川なので特に危険はないけれど、太陽の光が反射して、とにかく眩しい。小瓶の落ちたあたりに目を凝らしても、川面がキラキラ乱反射して、私の目を攻撃してくる。正直ものすごく、探しづらい。
……こんなことなら、買った時に、あの人の言ってくれたことを断ったりするんじゃなかった。
実はこの薬を買った帰り際、魔法使いは私に申し出てくれたのだ。
『予備として、もう一錠お付けしましょうか? 只とは言えませんが、二錠目は半額でいかがでしょう』と。
けれど、あまり深く考えなかった私は、その申し出をあっさりと断った。
こんな薬を飲ませたい相手は一人だけだし、同じ人には一度きりしか使えない。それなら予備なんて必要がないだろう、と単純に考えたのだ。
でもこうなってみると、なぜあんなことを言われたのかが良く分かった。
(あれはきっと、こんなふうに、何かあった時のために言ってくれてたんだ。言われた意味を考えもしないで、バカだった)
そんなことに気づいたって、今となってはもう遅い。
(と、とにかく、薬を探さなきゃ。でも、どこを?)
記憶を頼りに、薬の落ちた辺りまでそろそろと歩いてみる。
光で目潰しされるなら、足を使って探した方がいいかもしれない。歩きながら、足の裏の感覚に神経を集中させる。
なんにしても、雨が降った直後じゃないのは幸いだった。今日は、川の水量も多くない。これなら、落ちた場所からそれほど流されてはいないだろう。
次話◆水辺のハプニング




