7日目 -1- 過去の夢~祭りの夜
祭りの広場に飾られた無数のランタン。
流れる音楽。
人々のざわめきと熱気。
夜だというのに、辺りはとても賑やかで明るかった。
夏の夜の涼しい風が、時おり舞い降りては汗ばんだ体を冷していく。
『リンカちゃん、こっちだよ』
はぐれないよう、しっかり繋いだ手と手の先には、ルーフィスがいた。
楽しかった。
私は胸を弾ませ、ルーフィスと共にあちこちを眺め歩く。
笑う人、踊る人、何か食べ物を頬張る人。その場にいる誰も彼もが楽し気で、私もルーフィスも、確かにその時まではお祭りを楽しんでいたのだ──不意に、ルーフィスが、その子に呼び止められるまでは。
『ルーフィス』
私達の後ろからルーフィスの名を呼んだのは、彼と同じ学年の男の子だった。
少年が連れているのは、お洒落をした、とても綺麗な女の子だ。二人は、馬鹿にしたような視線を隠そうともせず、私達へと投げつける。
そして、嗤いながら言った。
『なに男同士で来てるんだよ、ルーフィス』
* * * * *
(……!)
ビクリと身体を震わせて、私の意識は闇の中から浮上した。
(ああ……夢……?)
覚醒する頭で、ようやく夢を見ていたんだと認識し、安堵と共に息を吐く。
また、子供のころの夢を見てしまった。ルーフィスと一緒に出掛けた、夏祭りの夜の夢。
まだ起きる時間には早かったけれど、私は、ベッドの上で身を起こした。
二度寝をするには微妙な時間だったし、変な夢を見たせいか、目を閉じたところで眠れる気がしなかったのだ。
起き上がり、ふらりと鏡の前に立つ。
そこには、酷い姿の私がいた。
寝汗で額に張り付いた前髪、よれよれの寝間着、悪夢を見ていたせいか、血色が悪く青白い顔。
(我ながら、ひどい……)
鏡の中の自分を見つめながら、私は自然に顔を顰めた。
こんな姿を見ると、私は夢に見たあの夜から、何も変わっていないような気がしてくる。
あの夜の私──着古した普段着と、無造作に切った短い髪の私は、お祭り用の晴れ着で綺麗に着飾った女の子達とは、比べ物にすらならなかった。あれでは嗤われるのも、見下されるのも当然だ。
自分のせいなんだから、私はいい。
でも、あんなひどい格好の私を連れたルーフィスは、どれほど恥ずかしい思いをしたことだろう。
私は、自分の顔を両手で覆いたくなった。
『……ごめん、ルーフィス』
『謝る必要なんかないよ。お祭りなんて、自分の行きたい人と行かなきゃ意味がないんだから』
私のせいで恥をかいたというのに、ルーフィスは、私を責めたりはしなかった。それどころか、落ち込んだ私を懸命に慰めてくれた。
けれどルーフィスが慰めてくれればくれるほど、私はもう、申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
あの夜の惨めさと、ルーフィスに対する罪悪感が、私の中にまざまざと蘇る。
(そうだ、あの後からなんだ。私が、この髪を伸ばし始めたのは――)
私は、長く伸びた髪へと視線をやった。
ジェイに言われたからじゃない。
単に気が向いたわけでもない。
髪を伸ばしたからって、急に変われるわけじゃないのも分かっていた。
それでも、せめて、と。
ルーフィスに、もう二度とあんな恥はかかせたくなかった。
別に私一人なら、いくら馬鹿にされたって構わない。だけど私と一緒にいるせいで、ルーフィスまで馬鹿にされるなんて、もう絶対に嫌だと思ったのだ。
(私……少しはマシになれた? 今なら、ルーフィスがあんなことを言われたりしない?)
目を背けたくなるのを我慢して、私は鏡の中の自分を見た。けれど、そこにはやっぱり、酷い姿の私がいた。
……いや、落ち込んでいる場合じゃない。
酷いというなら、その分、少しでもマシに見えるように支度をしよう。
私は自分を励ましながら、顔を洗い、いつもより丁寧に髪を梳き、そして、一着の服をクローゼットから取り出した。
それは数日前、ルーフィスが褒めてくれたあの服だった。
『リンカちゃん。似合うね、それ』
あの夜、私に掛けてくれたそんな言葉を、ルーフィスはいちいち覚えてなんかいないだろう。
それでも私は、そんな些細な一言にさえ、縋りつきたい気持ちだった。
(少しでいい。ほんの少しだけでいい。ルーフィスの目に、いつもより綺麗に映ることができるなら)
そんな祈りにも似た気持ちを込めて、さらりと薄い布地に袖を通す。
綺麗になりたい。
一緒にいて、ルーフィスに恥をかかせないくらい綺麗に。
そして、できるなら、ルーフィスに釣り合うくらい綺麗に。
……私がそんなことを願うのは、やっぱり無謀なことなんだろうか。
次話◆薬はどこへ?




