6日目 -2- 「ディアナ」
「あの、本当に気にしないでルーフィス。昨夜なら、私一人で帰ったわけじゃないんだ」
私がそう言うと、ルーフィスは虚をつかれたような顔をした。
「……え?」
「ええと、ジェイがね、家に取りに来るものがあるって言って、一緒に来てくれたから」
そう。
私は昨夜、ルーフィスを見送って、そのままトボトボと帰ったわけではなかった。
あの後、またお店の手伝いに戻った私は、そこでジェイにこう声を掛けられたのだ。
『そういえばおまえ、前に貸した上着はどうした』と。
まあ、催促されたのは仕方がない。
返そう返そうと思いつつ、私は毎朝、持って出るのを忘れていたし、借りてから何日も経っていたのだから、ジェイだっていい加減に返してくれと思っても不思議はなかった。
ただ、驚いたのはその後だ。
『明日持って来る』と答えた私に対し、ジェイは『絶対、おまえはまた忘れる』と言い出した。そしてなんと、私が家に帰る際、上着を取りに、家まで一緒に付いて来たのだ。
(だけど、あれは……)
何だかいつもの憎まれ口みたいな言い方ではあったけれど、さすがの私も気がついた。
ジェイはきっと、私を心配して、わざわざあんなふうに付いて来てくれたんだろう。だって代えの効かない物ならともかく、服なんて、そこまで急いで取り返す必要はなかったはずだ。
(だからこそ、私も借りっぱなしで忘れてたんだし……あれ?)
そこでふと思考が途切れ、私は、目の前のルーフィスに目を向けた。
「……」
おかしい。
一人で帰ったわけじゃないことを説明すれば、ルーフィスは安心してくれるかと思ったのだが、彼はなぜか、すっかり黙り込んでいる。
なんだろう。留守を頼まれたのは自分なのに、ジェイに負担をかけたと気に病んでいるんだろうか。
責任感が強いのはいいけれど、ここまで気にされると、何だかこっちが申し訳ない気分になってくる。
「あの、ルーフィス?」
「えっ? ……ああ」
声を掛けると、ルーフィスは、ハッとした顔をした。
「……ごめん。ちょっと、ぼんやりしたみたいだ」
会話の途中でここまで呆けるなんて、彼にしては珍しい。
けれどルーフィスは、すぐ気を取り直したように、別の話題を振ってきた。
「そうだ、あのね。リンカちゃんにも、知らせておこうと思ってたんだけど」
「う、うん。何?」
「彼女ね、思ったより早く治りそうだったよ。少し安静にしてれば大丈夫だと思う。最初見たときはもっと酷い怪我だったから、たぶん、リンカちゃんのくれた湿布が効いたんだね」
「あっ……そうなんだ。役に立ったなら、良かった」
ディアナの状況を聞かされた私は、ホッとして息をついた。
良かったと言ったのは、本心だった。
いくらディアナに突っかかられたのが原因だとしても、重症を負わせたりすれば、やっぱりあまりにも後味が悪い。私は別に、彼女に怪我をさせたかったわけではないのだ。
一人で安堵していたその時、ふと、ルーフィスが思い掛けないことを口にした。
「なんかね、ちゃんと話してみたら、別に悪い子じゃなかったよ。今まで勝手に誤解して、ちょっと悪いことしたな」
「え」
「昨日、弟さんにも会ったんだ。すごく素直でかわいい子だった」
(!)
私は、とっさに言葉を返すことができなかった。
(弟さんに会った、って……)
「ルーフィス……やっぱり、ディアナの家まで送って行ってあげたの?」
「え? うん。まさか、途中で放り出すわけにもいかないでしょう」
「……」
それは、当然といえば当然のことだった。
それでも私は、少しの希望を持ってもいたのだ。
もしかしたらルーフィスは、ディアナの家ではなく、友人のクレールの家に行くかもしれない、そこで、そのままディアナを任せて、帰ることもあるかもしれないと。
けれど私の勝手な希望は、まったく叶ってくれなかったらしい。分かっていたことだけれど、やっぱり気持ちは暗くなる。
そしてそんな私の気持ちは、ルーフィスの次の言葉で、完全に真っ暗になってしまった。
「ディアナも、家じゃ『弟思いのしっかりしたお姉さん』って感じで、それも何だか意外だったな」
――ディアナ。
聞いた瞬間、私は殴られたような気分になった。
(今、ルーフィス……ディアナのことを名前で呼んだ……!)
動揺を顔に出さないように、冷静になれ、と自分自身に言い聞かせる。けれどこんな時に、どうやったら冷静になれるっていうんだろう。
だってルーフィスは今までずっと、ディアナのことを、ただ『彼女』と呼んでいたはずだった。
それが名前に変わったのは、ルーフィスの中で、彼女の位置付けが他人じゃなくなったことを意味している。
別に誰と仲良くなろうと、そんなのはルーフィスの自由だった。それはちゃんとわかっていた。
(だけど――)
「どうかした? リンカちゃん」
ルーフィスに声を掛けられ、ハッとして彼を見る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫って、何が?」
平静を装って答えながらも、自分の表情が硬くなるのを止められない。それを見たルーフィスは、心配そうに表情を曇らせた。
「何か……疲れたような顔してるから。具合でも悪い?」
「具合は悪くないよ。大丈夫」
「……。具合は?」
ルーフィスに聞き返され、うっかり変な受け答えをしてしまったと、私は焦った。まさか、気づかれたんだろうか? ディアナに勝手な嫉妬をする、私の気持ちを。
ここは、とにかくごまかすしかない。
「ね、寝つきが悪かったせいか、まだ眠くて。そのせいじゃないかな」
「……そうなの?」
どこか疑いの残る眼差しで、ルーフィスが私を見る。それでも一応の納得はしたのか、彼はそれ以上の追及をしてくることはなかった。
「……。それじゃ僕、そろそろ行くね」
「あ、うん。いってらっしゃい、ルーフィス」
ルーフィスが去って行くのをぼんやりと見送りながら、私は、彼から隠した想いに目を向けた。
とても言えない。言えるわけがない。
だって私に、そんなことを言う権利はないのだから。
ディアナと仲良くならないで──なんて。
次話◆一緒に帰ろう




