5日目 -3- おかしな差し入れ
図書館に着いてすぐ、私は貸出の受付へ足を向けることにした。
どこにいるか分からないルーフィスを探して回るより、呼び出してもらった方が確実だろうと思ったからだ。それに探すといっても立入禁止の区域があるので、自力で探すには限界がある。
そんなことを考えて辿り着いた受付には、とても見覚えのある職員さんが座っていた。
(こ、この人は……!)
一目見た瞬間、私はすぐに、それが昨日の職員さんだと気がついた。仕事中のせいか、昨日のデレデレとは別人のように真面目な顔をしていたが、この見事な赤毛は見間違えようもない。
「あの、すみません」
「はい。どうかされましたか?」
幸いにも、今、受付にいるのは、私一人だけだった。他の利用者が来ないうちに、ルーフィスの呼び出しをお願いしてしまった方がいいだろう。職員さんは特に忙しそうでもなかったし、おそらく問答無用で断られることはないはずだ。
……そう、思ったのだけれど。
「え……ルーフィスを?」
ルーフィスの名前を出したとたん、職員さんは、スッと目を細めて私を見た。
「ああ、ええ、なるほど」
そう呟いた彼の声には、露骨ではなかったけれど、呆れたような気配が漂っている。
あれ、風向きが怪しいぞ、と思った私の勘は、残念なことに当たってしまった。いかにも仕事用、といった笑みを顔に貼り付け、職員さんは私に言った。
「申し訳ありませんが、担当外の者はお呼びできないんですよ。図書に関することでしたら、僕が伺いますが」
(……担当外?)
私は、心の中で聞き返した。
いや、担当外のはずはない。だってほんの2日前、ルーフィスは当番だと言って、ここで仕事をしていたばかりだ。今日は当番じゃないというならわかるけれど、どうしてこの人はそんな嘘をつくんだろう。
これはもしかして、あれだろうか。ルーフィス狙いの迷惑な女が押し掛けてきた、と思われているんだろうか。
今日は当番じゃないなんて言ったら『じゃあ、いつ当番ですか?』と返されかねないから、嘘で防御されたのかもしれない。
(えーと、どうしよう)
受付の前で、私は一人困惑した。
忙しくて断られることはあるかもしれないと思っていたが、これはちょっと想定外だ。ルーフィスの様子は気になるけれど、この調子では、とても取り次いでもらえる気がしない。
会えないならせめて、湿布だけでも言付けを頼もうか。せっかく買ってきたのだし、このまま持って帰るよりは、ルーフィスに渡して貰った方がいいだろう。
私は職員さんに、湿布薬の入った袋を差し出した。
「あの……でしたら、これを彼に渡してもらえないでしょうか」
「いえ。勤務中に、職員への個人的な贈り物を受け取ることはできません。それに、本人からも受け取らないよう頼まれておりますので、申し訳ありませんが」
「……」
取り付く島もないとはこのことだ。それでも私は、彼の態度にちょっとだけ引っ掛かりを覚えてしまった。
いや、勤務中に受け取れない、という話自体は理解できる。けれど、それならこの人が昨日、妹さんから受け取っていたのは何だったんだろうか。
少しだけ迷ったが、私は職員さんをつついてみることにした。
試すだけなら只なのだ。これでダメなら、諦めて帰ればいい。
私は意味あり気に声をひそめ、職員さんに切り出した。
「……実は私、昨日、見たんです」
「……何をですか?」
怪訝な顔をしつつも、つられるように職員さんが声をひそめる。
「とっても可愛らしい、赤毛の女の子が……」
「!」
ひそひそと囁くと、その一言だけで、職員さんは固まった。手応えを感じた私は、さらに続ける。
「お母さんと一緒に、手作りのクッキーを……」
「──」
「そして、なんと!……ルーフィスさんに渡してね、と、ここでお勤めのお兄さ」
「あぁあー、なるほど! うん、わかった! わかりました」
明らかに動揺しながら、職員さんは私の話を遮った。
まさか、あれを見られていたとは、思いもしなかったんだろう。さっきまでとは口調も態度も一変し、とてもバツが悪そうに、私から目を逸らす。
「いやぁ……うん。それなら、そうだよね。身内は良くて他は駄目、なんて、狡いって思われても仕方ないよなぁ」
はあ、と諦めたように、職員さんは溜め息をついた。
「まあ、そういうことなら分かったよ。……ええと、ちなみに、その袋の中身は何?」
「湿布です」
「え?」
「湿布薬です」
「……」
職員さんの目が点になる。
まあ確かに、驚くのも無理はない。怪我をするような職ならともかく、図書館勤めのルーフィスへの差し入れだ。普通の女の子なら、まかり間違っても湿布なんて選んで持ってはこないだろう。
(でも、それはそれとして)
このまま黙っていては、私が変人認定されそうな気がする。やっぱり取次は止めます、なんて言われては困るので、私は軽く事情を説明することにした。
「ええと、あの、実は昨日、家の前で彼とぶつかってしまったんです」
「……え、家?」
「はい。彼とは家が隣同士なので。それでですね」
「ああぁー!」
私の話の途中で、職員さんはいきなり、何かに気づいたような声を上げた。
「隣の家って言った? あー、なるほど。君が例の……」
「例の?」
「いや、つまり……ルーフィスの知り合いだよね?」
「はい。子供のころからの知り合いです」
「なんだー、なら、最初に言ってよ。いや、こういうの、絶対受け取るなって頼まれてててさー。それでも抜け道を使ってくる猛者もいるから、ルーフィスの奴もいろいろ大変そうで……」
「抜け道?」
「……いや、何でもない。まあ、そういうことなら、ルーフィスを呼んで来るよ。ちょっと、こっちで待ってて」
職員さんは私を部屋の一角へ案内すると、ルーフィスを呼びに向かってくれた。
誤解が解ければ親切な人だ。
半分脅しのようになってしまって申し訳なかったが、これでルーフィスの様子を確認することが出来るだろう。
私はホッとして、大人しくルーフィスが来るのを待った。
次話◆ハート形の罠




